並行集団を運営する工夫
同じ時間、同じ空間を共有するけれど
個々の方それぞれの能力と特性を発揮できるような援助をするために
私がしている工夫をご紹介します。
歌はもちろん人それぞれ好き嫌いがありますし
歌の楽しみ方も人それぞれ
音楽の世界に浸ってしんみりと聴き入りたい方もいれば
ワイワイ盛り上がるのが好きな方もいます。
集団で音楽鑑賞をする場合には
進行する人の中で、ある一線を明確化しておくと
参加している認知症のある方もいろいろな歌とその楽しみ方を
お互い許容してもらえるように感じています。
私がしている進行は、まず最初に
こちらからいろいろな曲を提示します。
有名どころの懐メロや演歌を中心に組み立てます。
そこで曲の聴き方に注目して観察します。
好きな曲や聞き覚えのある曲は
前のめりになって聞いたり、表情も違っています。
この段階では
集団の凝集性を高めることと
参加された方の心身の状態の確認をします。
(もちろん事前に情報収集してありますが、最新の状態確認をします)
その上で
歌手一覧を作っておいて
この中だったら誰の歌を聴いてみたいですか?と問い掛けます。
具体的に選べるように視覚情報として提示するわけです。
「聞きたい歌を教えてください」と言葉で尋ねても
思い出せないから答えられない方でも
歌手名を提示されれば、名前から歌手を想起できる方は大勢います。
つまり、再生ではなく再認に働きかけるのです。
歌手名から曲名を検索して
3曲くらい言葉で提示すると選んでいただけることが多いです。
曲名を聞けばどんな歌かイメージできる
再認できる方が多くいらっしゃいます。
最初にこちらからランダムに提示した時に
特に聞き入っていた歌手や曲があればこの時に提示できるように取り入れます。
人によっては
お気に入りの歌手のお気に入りの曲がありますから
そのような時には、こちらから歌手名や曲名を提示せずに
オープンクエスチョンで
「聞きたい歌手は誰ですか?」
「聞きたい歌があれば教えてください」
と尋ねるようにしています。
再生できる方にはなるべく再生を促す尋ね方をしています。
毎回、同じ歌手の同じ歌を選ぶ方もいれば
その時々で違う歌手の違う歌を選んだり
90歳代の方がキャンディーズや松田聖子を知っていたり
70最代の方がピンクレディーを毎回必ずリクエストされることもあります。
こちらの問いかけに答えていただくことで
自然に会話の機会を設けることもできます。
ただし、近時記憶が低下している方が多いと
会話で長く時間を取ってしまうと注意集中が途切れてしまうので
集団を構成する方たちの状態に応じて
問いかけの仕方や回数にも注意しています。
また近時記憶が低下していると
画面に映った歌手の名前や曲名を聞いてはいても忘れてしまいますから
曲の間奏の時には必ず歌手名と曲名を伝えるようにしています。
「あ、そうそう、この歌手だった」「この歌だった」
と思い出していただけるように。
再認に働きかけています。
歌手や曲にまつわるエピソードを伝えるか
どの程度どんな風に伝えるかも
その時に集団を構成する方たちの状態に応じて判断しています。
基本はあんまり余分に私が話さないようにしていますが
近時記憶がもう少し保たれている方や注意集中が可能な方が多ければ
曲のイントロや終了直後に伝えると
再認できることの幅が増えるという良い面もあると思います。
場面設定の基本として
重度の認知症のある方でも注意集中が保ちやすいように
と考えています。
音楽鑑賞ですから、ただ聞いているだけでもいいし
手拍子してもいいし、口ずさみながら聞いてもいいし
参加形態に幅があり自由度があるのが良いなぁと思っています。
誘導する時にも
「リハビリ」「活動」という言葉は使わずに
「歌を聞く会」「五木ひろしの歌を聞く」「美空ひばりの歌を聞く」
というように具体的にイメージしやすいように声かけしています。
その方が大好きな歌手や曲があれば、その歌手名や曲名を言って誘導しています。
「歌の会」というと
「歌は好きだけど、人前で歌うのは絶対イヤ」と拒否されることも多々あります。
「歌わない、聞くだけ」と歌わなくて良いことを担保していますし
そのイメージが伝わるように、あえて前の席ではなく後方の席へ誘導することもあります。
もちろん、歌いたくなったら口ずさんでもいい
(今はコロナ渦なのでマイクをお渡しすることはなくなりましたが)
歌いたい方には前に出てきてマイクを持って歌っていただいていました。
同じ時間、同じ空間を共有するけれど
個々の方それぞれの能力と特性を発揮できるような援助をするために
私がしている工夫をご紹介しました。
私としては、こういった意図を持って
音楽鑑賞の場面を運営しているのですが
人によっては「ただ歌を聞かせてるだけ」「誰でもできる」と思うようで
実際、そう言われたことがあり
その時の態度がちょっとあんまりで
私もその時は若かったし、ちょうど良いきっかけもあったので
運営を変わってもらったことがあります (^^;
そしたら、今まであんなに歌いまくっていた(当時はコロナ渦ではないので)
方たちがまったく歌わなくなり、一気にシーンとしてしまって
その人は「あれ?あれ?」と言っていました。
前の記事「多訴の方への対応」で書いた通り、
実践している人には
「何をしているか」「何が起こっているのか」わかるけれど
実践していない人には
皆目わからないということが起こっているのです。
このことは、
生活期にある方への食事介助やポジショニング設定、立ち上がり・歩行介助
認知症のある方への対応全般について言えることです。
同じコトが違うカタチで、ありとあらゆるところで起こっているんです。
たかが音楽鑑賞、されど音楽鑑賞
その場をどれだけ豊かにできるかどうか
運営する人の意図によって全然違ってきます。
耳タコかもしれませんが
スティーブ・ジョブズの言うとおり
「意図こそが重要」なんです。
「歌わせる」「聞かせる」のか
歌を聞くことを通して自身の能力を発揮することを援助したいのか
表面的には同じように見えて
その意図のベクトルは真逆です。
そしてその意図こそが伝わっているのです。
他のActivityでも、まったく同じことが違うカタチで起こっています。
どのActivityが良いのか、という問題ではないのです。
「何をやらせようか」という言葉が出た時点で答えは決まっています。
(野村克也の言う「負けに不思議の負けなし」というわけです)
「何をしていただいたら良いかしら?」と言葉だけを丁寧な表現にしても
中身は一緒ですから答えも決まっています。
もちろん、悩む人は、日々のリハやActivityに困るから悩んでいるわけで
仕事に対して、いい加減な人ではないからこそ、出てくる悩みです。
でも、悩み方を間違えているんです。
視点が自分ごとにすり替えられてしまっています。
このことは、対人援助職にとって必ずぶち当たる当然の壁なんです。
あなたが悪いわけじゃない。
誰もがぶち当たる壁に対する解決の仕方を教えてくれる人がいないことを
理不尽に思うかもしれませんが、これが現実なので仕方ないのです。
「あなたがこの世で見たいと願う変化にあなた自身がなりなさい」
「You must be the change you want to see in the world.」
マハトマ・ガンジーの言葉です。
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