寒中お見舞い申し上げます

  


お久しぶりです。
みなさま、お変わりありませんでしょうか。

私は昨年は慌ただしい1年を過ごしました。
3月から父の入院・転院が続き、7月に逝去
その後、母の在宅療養を経て11月に看取り
付随するさまざまな手続きに
職場での2回のコロナ対応もあって
こちらへの書き込みをする心身のゆとりがありませんでした。

いろいろ体験してみて思ったことは
大変ではあっても体験してみてわかることもあり
直接的には関連していないことでも理解が深まることがある
ということでした。
このあたりのことについては、いずれ記事にしたいと考えています。

延期していた勉強会も再開を検討しています。
詳細が決まりましたらお知らせいたします。

寒さも厳しくなり
新型コロナとインフルエンザのW流行も増えているようです。
どうぞくれぐれもご自愛ください。


講演無事終了@全精栄神奈川県支部

 


12月3日に開催された
全国精神科栄養士協会神奈川県支部主催の研修会での講演を無事に終了することができました。

窓口になってくださったMさんはじめ
運営に携わられた皆さま
参加された皆さま
お疲れさまでした。
どうもありがとうございました。

食事介助とは
「何を」
「どんな風に」
食べていただくか
ということでもあります。

近年、「何を」という食形態の部分では
栄養士の皆さまのご尽力のおかげで
開発が進み、選択肢が広がったことをとてもありがたく思っています。

一方で
「どんな風に」という部分では
まだまだ誤解や従来の方法を漫然と踏襲している部分もあり
今後改善されていく余地も多々あると考えています。
講演では、その辺りについても少し触れました。

「食べることの援助」「食事介助」については
無関係な職種はない
と感じています。

一人でも多くの方が
余分な困難を抱えることなく
より楽に、よりスムーズに、より美味しく
食べられるようになり
誤嚥性肺炎で苦しむ方が少なくなるように願っています。

 

真の臨床家たる中井久夫

 

精神科分野で働く人はもちろん
そうでない人にとっても
中井久夫の言葉に支えられ励まされることは多いと思う。

中井久夫は徹頭徹尾、患者と並走する臨床家だった。

「医師は患者の弁護士」
と言明する医師を私は他に知らない。

初めて使う薬は、必ず自分で飲み心地を確認してから処方する
なんて医師を私は他に知らない。

DSMやエビデンスといった
身体疾患に関する現代医学の潮流とは別の側面に
個々の患者一人ひとりの経過とその時々の状態に
本当に寄り添っていたんじゃないかと思う。

患者への細心の気配りと
広く深い知見に基づく観察をどんなに丁寧に行なっていたのか
書かれた本の行間から滲み出てきます。

中井久夫のような実践は
現代医学の主流とは異なるのかもしれないが
歴史の必然の中で必ずや復活し見直される日が来ると思う。

中井久夫の実践に感動し学び直すことになるだろう。
看護や介護やリハ職に、多大なる影響を与えるだろう。

NHKが
4回の時間を割いて
心の病を普遍的な社会・文化の問題として読み解こうと設定した機会に
私ももう一度、中井久夫に学び直そうと思いました。

それにしても
中井久夫は晩年どんな思いでいたことだろうか。。。

 

医学書院のサイトから
中井久夫の鼎談記事を読むことができます。

https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/old/old_article/n2001dir/n2433dir/n2433_07.htm

NHKのEテレで中井久夫の特集番組(ごむてつ)

前回、中井久夫さんのことを書いたけど、NHKのEテレで中井久夫の特集番組をやるそうです。

精神科関係の人は特に見ると良いと思う。

名著125「中井久夫スペシャル」 – 100分de名著 – NHK

第1回は、2022年12月5日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
4週連続、100分×全4回なので結構充実しているかも。
再放送もあり

俺はテレビないので見られないけど、後追いでネット配信されるかも?

テキストも市販されているようです。

100分 de 名著 | 商品一覧| NHK出版 (nhk-book.co.jp)


最近になってこんな本も出版されています。

これは「精神科治療学」という雑誌に掲載された論文を集めたものです。

もちろん中井さんの本は著作集を始めいろいろ出ているのでお勧めです。もちろんサリヴァンなどの翻訳もぜひ読むべきです。

こちらは中井さん自身が書いたものではなく他の人の原稿を集めたもの
弟子だった?安克昌氏の著作も新たに出版されていました。

何と!2020年のことだけどNHKのドラマにもなっていた
主役のモデルは安克昌氏
土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」 | NHKドラマ
私は知らなかったけど見た人もいたのでは?

DVDが出ているので見られる。買うと高いけど
心の傷を癒(いや)すということ DVD 全2枚|国内ドラマ|DVD (nhk-ep.com)

劇場版もありネットで配信されている
心の傷を癒すということ 劇場版 : 作品情報 – 映画.com (eiga.com)


NHKに捧げる歌 早川義夫 
「ぶっ潰す!」ではありません。半世紀以上前のレコード

早川義夫さんは知らない人も多いだろうけど、極北の伝説?全然売れなかった幻のロックバンド?ジャックスの元リーダー

長らくレコードも廃盤だったけどその後再評価され、今は古い音源も発掘されてCDもいろいろ出ておりYou Tubeでも聴ける。これは1968年のファースト・アルバム

解散後は会員制のレコード会社、URC(アンダーグラウンドレコードクラブ)のディレクターで数々の名盤を残したが音楽的素養には乏しく、はっぴいえんどとはソリが合わずディレクターを降りている。

自分のソロ・アルバムはこの経費削減のため全曲ピアノまたはオルガンの弾き語り。
業界を抜けた後には長らく書店をやっていたが、1994年25年ぶりにソロで再デビューしているが現在は高齢のため活動停止

講演無事終了@長野県摂食・嚥下リハ研究会


11月20日(日)に開催された
長野県摂食・嚥下リハビリテーション研究会さん主催の研修会が無事に終了しました。

さまざまな職種のたくさんの方にお伝えする機会をいただけたことに感謝いたします。

ポイントはいくつかあって。。。
 
問題設定をし直すこと
1)重度の認知症のある方でも環境に応じて適応しようとしている
2)食べようとしているが食べられなくて困っている

私たちにできること
3)正の学習が働く限定された食環境をいかに見出すか
4)そのためには「適切なスプーン操作」「知識」があって
  食べ方をきちんと観察・洞察・評価できること
  そうすれば自ずからどうしたら良いのかが浮かび上がってくる

本当に
どうしたら良いのか、は考えることじゃなくて
自然と浮かび上がってくることなんです。

浮かび上がってこない時には
どこかしら見落としているところがある時なんです。

一人でも多くの方に
お伝えすることができて本当に嬉しく思います。

窓口になってくださったAさん始め関係者の皆様
お世話になりました。
どうもありがとうございました。

認知症=的確な援助を待ってる

たとえ、
言葉を発することができなかったとしても
寝たきりの状態の方でも
なんとかしようとご自身で頑張っている。

それがわかるのは
的確な援助ができた時

的確な援助ができて初めて
その方の能力発揮に遭遇する
ことができる

的確な援助ができないと
能力発揮できる機会がないので
職員のほうが認知症のある方の能力がわからないままなんです。

能力発揮できる機会がないということと
能力がないということは
全然違う

それがごっちゃになってしまわないように。。。

 

 

中井久夫さん、サリヴァン(ごむてつ)

もう3カ月程前になるが中井久夫さんが亡くなられた。日本の精神医療の良心とも言われていた精神科医である。

私はもちろん面識はないし、著作や翻訳書を通して知っているだけであるが、初めて知ったのはもちろん精神医療を志すより前、ただの患者の頃で「現代精神医学の概念」を読んだ時だから高校時代か少なくとも大学1~2年の頃には知っていたことになり、これまでに全部ではないが著作の殆どは読んでいるはずである。

中井さんが神戸大学を退職した後釜に教授になった人は認知症が専門の人だし、さらにその後継者はハッキリ言ってどうでも良いような…、他大学も同じようなもんだが。
弟子や後継者と言えるような人は安克昌さんの他にはいなかったようで、その安さんも阪神大震災の対応の労苦もあってか39歳の若さで早世してしまった。

傲岸不遜、高慢と思われることは百も承知であるが、彼の著作を読んでいると正直言って教唆したいことがいろいろ頭に浮かんでくる。エッセイなどは面白くて得るものも少なくないのだが、専門の精神医療に近づけば近づくほどそうなのだが。
そこらの精神科医や臨床心理師などとは話が通じるとは到底思えないが、中井さんならわかって頂けるのではないか?といったことである。

結局それを伝える機会はなくなり残念ではあるが、残念なのは私ではなく中井さんの方かもしれない。もちろん実際にはわからないし、タラレバのことを言ってもしょうがない。
実は連絡を取ろうかどうしようかなどと随分迷ったことがあり、実際に連絡を試みたときは既に高齢のため身体の方が弱っていたようで、出版社や大学には取り次いではもらえなかった。もっと早く、とも思うが仕方がない。そういうもんなのだろう。
何事にも、特に人間関係においては積極性に乏しいのが私の欠点であるが、他者と関わったり話したりすることには、なるべくためらわずに積極的に行ったほうが良いと皆さんにはアドバイスしておきたい。今は幸いにしてメールやSNSなど使いやすい手段もある。

ギリシャ語を3日でマスターしたというほど頭がよく人間的にも優れた人に、俺のような精神病で怠け者でボンクラのバカが教えられることなど、もちろん唯一つしかない。確かな治療法を持っておりそれを実践し結果も出しているということである。
それしか取り柄がないとしても、やはりやっていなければわからないことも、経験しているからこそわかることもあるのだ。

そもそも私の読書は著作を読んで何かを学習するということは殆していないしできない。理論を学習してそれを適用しようとすることもほぼ無い。従ってテストの点を取るためのような勉強もほぼしたことがない。
自分にとっての読書は端的に言えば自が考えたことやわかったことについて、他者の意見や考えを聞いて確かめるためだ。それしかできないのでしょうがない。

昔から私は活動的ではないが、実践を通して経験から学ぶことを子供の頃から心がけ、知識を当てはめただけでわかったような気にはならないようにしてきたつもりである。
それが良いとも一概には言えないが、勉強嫌いも必ずしも悪いことではないと思う。

「事実の子たれよ。理論の奴隷たるなかれ」

私の治療のことを知って頂けたら大いに関心を持ってくれただろうし、大いに賞賛または賛同し驚喜して頂けただろうとも思うのだが、正直言ってその自信はあまりない。少なくとも確かな結果が出せる治療法であり、治療法に自信がないわけではない。
中井さんが主治医だった患者が私の所に来たことはある。

以下はたぶんに俺の推測に過ぎず、穿った見方かも知れないが…

彼は統合失調症(精神分裂病)を含めて、精神疾患は脳の病気ではなく精神の病気であり、原因は生物学的な遺伝による脳の特質や偏差ではなく、心因、環境因、家族因だと言いたかったような気がしてならない。それが全てではないし確かなことは言えないにしても。

もちろん今の精神医学会で受け入れられるわけはないし、誰でもわかるように明確な根拠を示せるわけでもないけど。この点ではやはり俺の方が知っていることは多いと思う。
彼はそのことを伝えるのに明言はせず、いつも寸止めというより尺止めしていたような気がしてならない。

だからこそ、日本で最高の精神科医、精神科医の良心と言われつつも、あまり彼の考えは受け継がれ難いのだろう。
著作は多く、著作集もあるし今もそれなりに売れているようだが、多分読者の多くは精神科医や心理療法関係者ではなく、一般インテリ階級だろう。
惜しいことであるが、また時代は巡り巡ってやってくるかも知れない。

中井さんは晩年カトリックに帰依したという。
この点でも俺は一応先輩だ。先祖代々(明治時代からだけど5代目)カトリックなので生まれた時に洗礼を受けているので。自分自身の傲慢を戒めるため、といった理由のようだ。私ももちろん自戒が必要である。

私は英語も苦手なので、中井さんの翻訳のお陰でサリヴァンだけでなく精神医学の重要書物を読むことができた。他にはフィレンツィ、バリントなど。これはとても有り難いことであるが、それらの書物も品切れ絶版になりつつあるので、まだ読んでいない人はぜひ手に入れて読んでみると良いと思う。今なら古本もそんなに高くない。

とりあえず「現代精神医学の概念」から始めて「精神医学的面接」そして理論的なことを知りたければ「精神医学の臨床研究」あたりを読んでみるのがお勧めである。「臨床研究」はリハビリ専門学生の頃に読んだと思う。最初は取っ付き難かったが、理解が進むとむしろ自分が仮説的に考えていたことが明確に示されていることがわかり膝を打って驚喜した。まだ精神医療を志すよりもずっと前からそのようなことが書いてあるのでは?と期待していたのである。
他にはフロム=ライヒマン、サールズなど。

意外にもサリヴァンはDSMの原型も作っている。彼は戦争に反対であったが、政府の求めに応じて兵士を選抜するためにチェックリストを作ったのである。「興味関心のある内科医であればおそらく認識できるだろうという点を目指して作成された」という程度のものであったが。

その後DSMは肥大化し普及し当初の理念や主旨や目的とはおよそかけはなれたものとして独り歩きして広まり普及し「専門家」に運用されただけでなく一般人にも広まった。
その割には正確には内容が伝わらず恣意的に使われており、サリヴァンの作った原型を元にDSMの初版を作った人も後悔していたはずである。

どういうわけだか最近になって、サリヴァンの入門書的な本も訳出されている。

「個性という幻想」講談社学術文庫
文庫なので割に安いし、訳も読みやすい方である。冒頭部分はサリヴァンの入門の入門とも言えるが今まで訳出されていなかった。それに既に入手困難となっている著作のうち4つの論文の新訳が加えられている。まずこのあたりから読んでみるのもよいだろう。

「ハリー・スタック・サリヴァン入門: 精神療法は対人関係論である」F・バートン・エヴァンス3世 創元社
これまでサリヴァンの入門書的な本は何冊が出ていたし邦訳されているのもあったのだが、内容や訳があまり良くなかったりしてお勧めできるものはあまりなかった。これは良い方だと思う。

中井さんもサリヴァンも今の精神科医や医療従事者にとってはもはや過去の人に過ぎないのかもしれない。しかし、優れた人の洞察・理解には普遍性がありいつの時代も有益である。

もはや昭和の(旧)精神分裂病を知る人も少なくなってきた。統合失調症と名称が変わっただけでなく今世紀になる前後からずいぶんと病像が変わり、同じ病気とは言えない程である。私は元々疾患単位を認めない立場なのだが。

もっとも(旧)精神分裂病と言えども近代の病であり、エミール・クレペリンによる早発性痴呆の提唱は1893年であり、オイゲン・ブロイラーの精神分裂病は1916年、野口英世のスピロヘータの発見は1918年である。
結局のところ(旧)精神分裂病は高々百年程度の歴史しかなかったことになる。

近世以前はそれと似通った病気もあっただろうけど、おそらく憑依精神病が主な精神疾患である。
憑依なんて言うとおよそ前近代的なのは当然としても非科学的と考える人も多いだろうが、そうした現象があったことは間違いなく厳然たる事実である。今でもあることはある。
私はそうした歴史や現象を理解せずして精神疾患の原因論を語るべきではないとさえ思う。世界には科学の対象にならないことの方が多いのである。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」
私は両者から学びたいと思うが、後者を重視すべきお年頃になった気がする。

--------------------

もはや若い人はあまり知らないと思われる昭和歌謡のカバーですが、こういうの好きな人も知らない人も聴いてみると良いと思う。「利理鈴まりりん」で検索すると40曲以上出てくる。
「昭和も遠くになりにけり」

この人は変な癖がなくて妙に上手い!魂が入っておる!?という気がする。
昔はこういった歌謡曲は好きではなかったが、ジジイには今風の曲も歌い方はあまり馴染めないのだ。
なぜかうるうる感動的、なぜか何度聴いても飽きない。
キーボードの人のハモリも良く、ボーカルが良いと演奏も熱が入るようだ。
歌が上手けりゃ見た目はどうでも良いのだが、たぶん人柄も良いのだろう。

ごむてつ君に励ましのメールを出そう!

auchida@msi.biglobe.ne.jp

拒否は情報収集のチャンス

認知症のある方へ対応しようとして
暴言や暴力や介護抵抗があると
正直、しんどいですよね。

そうすると
無意識の自己防衛から
「どうしたら暴言や暴力や介護抵抗を受けずに済むだろうか」
という観点に立って対応を考えようとしてしまう人が圧倒的に多いものです。

でも、そうじゃない。
気持ちはよくわかるけど。

そのような観点に立って
為されたことが効果があるわけがない。
(だって、自己防衛の観点で対象者の観点ではないもの)
仮に短期的に効果があったとしても
長期的にはむしろ逆効果にしかならない。

ここで、私は決して
介助者が我慢すべき。などといっているわけではありません。

暴力を回避できるような設定は必要です。
でも、自身の身を守ることと
暴力という表現でしか表出できなかった意思や感情と
それらの前提としての判断や感受についての
情報収集をすべきということは別物です。
それがないとどうやったら回避できるのかの適切解も導き出せない。
 
拒否された、その時その場にいる人が
一番よく状況をわかるのです。

どのような場面で
どのような状態像の方に
どんな関与をしたら
拒否されたのか

ここは、情報収集のチャンスなんです。

拒否は表面的な言動であって
必ず、拒否というカタチに現れている障害と能力があります。

そこを観察・洞察すれば
本質的な改善のミチがひらけてきます。

  

食べられる口をつくる

 


食事介助において
開口してくれない、吐き出してしまう
という方はたくさんいます。

その時に
まず、食べられる口かどうか、ということを
きちんと確認することから始めています。

臨床的に多いのが
口の周りの筋肉や頸部の筋肉、場合によっては全身が硬くなってしまっている
というケースです。

その結果、
食べようとして開口するけど送り込めずに吐き出したり
前の食塊が残っているから開口しようとしなかったり
ということも起こります。

こういう時には
「どうやったら吐き出さずに食べてくれるのか?」
と考えるのではなくて
「食べられる口をつくる」
方が先決の場合があります。

食べるに足る機能がないのに
食べさせようとするだけでは
本末転倒になってしまいます。

では
食べられる口をつくるには、どうしたら良いのか?

まず、食事の時の姿勢設定
次に、筋緊張のコントロール
そして、最後に口腔内マッサージ
と考えています。

具体的には
ベッド上もしくは車椅子上での的確なポジショニング
スポンジを活用して頸部〜胸部〜上肢の筋緊張の緩和
ラクに開口できる体験
です。

開口してくれない
硬く口をつぐんでいる方にどうしたら良いのか?

詳細は
順次ご説明していきますが
お急ぎの方は「長野県摂食・嚥下リハビリテーション研究会」さん主催の研修会
「認知症のある方の食事介助〜事例を通して」をお聞きください。
こちらの講演で対応のごく一部ですが、お伝えする予定です。
お申込期日は11月16日(水)19時まで。
詳細は_こちら_をご参照ください。

そして
付け加えるなら
そのような大変な食べ方になってしまった方たちは
最初からそんな状態ではなかった
ということです。

もっと早くラクに食べ方を再学習できたはずなんです。

 


今年度勉強会開催について

 


当初は
今年度は勉強会を3ヶ月に1回くらいの割合で開催できればと考えていました。

そのお知らせをしようと考えていた矢先に
私の両親の体調不良が発覚し
入転院や介護保険に関する手続きなどがあり
職場のコロナ渦への対応も重なり
心身ともにちょっと相当負荷のかかる時期を過ごしていました。

父は逝去しましたが
母の体調不良は続いており
今年度は勉強会を開催できそうにありません。
大変申し訳ありません。

状況が落ち着きましたら
勉強会も再開してまいります。

Activityや食事介助、身体的なリハなど
そしてそれらへの介入が意味する視点と考え方など
お伝えしたいことはヤマほどあります。

流布しているギョーカイの常識的対応に流されず
本質を追求していく人たちの背中を押すことができるような
勉強会開催やサイト運営を目指しています。

今後とも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。