刺激がないと認知症が進行する?


「刺激がないと認知症が進行する」
って言う人、いますよね?

認知症のある方にいろいろなActivityを提供する人もいるでしょう?
「刺激があった方が進行を予防できる」
「私と一緒にやるから大丈夫」
って言う人もいるでしょう?

この言葉は
構成障害のある方には禁句なんですけど
認識できていない人がまだまだ多いんだなーって感じています。

よくよく観察していると
隣で一緒にやって見せてるのに、どうしても違うことをしたり
Activityの最中に突然怒り出したりする方に遭遇したことがありませんか?
認知症だから怒りっぽいんじゃなくて
怒るという表現でしか、気持ちを表出できないだけで
怒らせるきっかけを作っているのは善意の職員というパターンが結構あります。
このことは後日改めて詳述するとして。

刺激がないから認知症が進行するわけではありません。
やればいいってもんじゃないのです。

私はもっと正確に
「刺激があれば良いわけではない」
「適切な刺激がないと、認知症が進行する」
「適切な刺激でないと、不安感や混乱から生活障害やBPSDが増悪する」
と言い換えたいと思います。

認知症のある方をよく観察している方なら
楽しいはずのレクの後で
混乱したり不安になったりした方を知っているはずです。
作品は仕上がったけど
あれこれと指図するのは職員で
認知症のある方は必死になって言われた通り、
介助された通りに手を動かしているだけ
ということに気がついているはずなんです。

心のどこかで
「これは私が『作らせた』もので、この方が『作った』ものじゃない」
こんなやり方で本当にいいんだろうか?
って感じている人がいるはずなんです。

手工芸というのは
目に見えて仕上がっていきます。
上手にできれば達成感が得られます。

逆に言えば
「うまくできない」というフィードバックも明確に入りやすいので
不安や混乱、不満や不全感を抱きやすい場面でもあるのです。

「Activityはやることに意義がある」
わけではないということを強調したいと思います。

「Activityを通して、自分は自分である」ことを
再体験・再確認できることに意義があるのです。

そのためには
適切にActivityを選択することが必要です。

その方に「向いている」Activityを提供する必要があります。
単に「できることをする」のでは逆効果になることすらあります。

Doではなくて Beを重視するのです。

ぜひ、こちらもご参照ください。




厚揚げの味噌炒め

材料は
 厚揚げ
 ピーマン
 ナス
 玉ねぎ
 味噌
 めんつゆ
 ハチミツ
 生姜チューブ

ナスは大きめに乱切りして、レンチン
ピーマンも乱切り
玉ねぎは薄切りしておきます。

1口大に切った厚揚げを温めたフライパンにのせて
厚揚げの油分で炒めます。
表面がカリッとしたら、玉ねぎ・ナス・ピーマンを炒め
火が通ったら味噌をめんつゆで溶き、ハチミツと生姜チューブで味付けします。

カンタン・安い・早い・美味しい1品です (^^)

大豆サラダ


大豆の水煮缶とコーン缶orパックを買ってきて
サッと湯通しして水気を切って
キュウリを縦に1/3に切ってから小口切りにして
ハムも1センチ角くらいに切って和えるだけ

味付けは、
1)マヨネーズとケチャップを同量ずつ混ぜる
2)マヨネーズに柚子胡椒を少量混ぜて醤油も2回しくらい混ぜる
のどちらかにしています。

コクがあるのを食べたい時は 1)を
さっぱりしたのが良い時は 2)がオススメです (^^)

カンタン、カンタン!

「現場で本当に役立つ認知症研修会 第2回」

 


< ご連絡 5月7日 >
本日11:10に、5月14日開催の認知症研修会のご連絡を差し上げました。
2名の方にはメールが送信できない状態です。

お二人ともGメールのアドレスが連絡先となっておりました。
 大分県の作業療法士の方
 神奈川県の介護職員の方

お心当たりのある方は
恐れ入りますが、本サイトの お問い合わせ からご連絡くださるようお願いいたします。

お待たせしました!
研修会のお知らせです。

オンラインで
5月14日(土)19:00〜20:30に
「現場で本当に役立つ認知症研修会 第2回」を開催します。

最初の1時間は私のお話
その後にお時間のある方限定で質問・相談コーナーを30分間設けます。
講演内容とは関係なく普段困っていることでもOKです。
相談したい方は、他の人も試聴することをご了承の上ご相談ください。
困りごとって大抵同じようにみんな悩んでいたりするので
一緒に聞いてみたい方もどうぞお残りください。

私のお話だけ聞きたい方や
長く視聴することが難しい方は1時間だけ参加して退室もOKです。

オンラインのメリットを最大限活用して
フランクに、かつ真摯な勉強会を目指します (^^)

参加費は無料!
定員30名

残席わずかとなりました。
お申込を予定している方はお早めにどうぞ(3/28)

定員を超過しましたが、若干名追加でのお申込もお受けします。
期日は 4月10日(日)13時で完全に締切ます。
お申込を検討されている方は必ず上記期日までにお申込ください。(4/3)

お申込受付は終了しました。(4/10)

お申込は下記のURLをクリックして必要事項を入力してください。
https://forms.gle/HsStN3K2786zKAhD9

開催3日前になってもご連絡がない場合は、恐れ入りますがご連絡をお願いします。
申込期限は4月30日17時としますが、
定員超過の場合には期日前でも締め切りますので、お早めにお申込ください。

お問い合わせは こちら へ。

・・・・・・・・・・・・・・ 

さて、本題のテーマは
「認知症のある方への声かけの工夫〜眼からウロコの視点〜」です。

優しい声かけ、丁寧な対応は、対人援助職の基本ではあっても
一流ホテルのホテルマンのような対応をすることが
認知症のある方に適切な対応とは言えません。
逆効果になってしまうことすら、起こり得ます。

認知症がある方は、失語がなかったとしても
言語理解力が低下することがとても多いからです。
「オミアシヲアゲテクダサイ」という記事で説明しています。
最上級の敬語を使ったとしても
目の前にいる方が理解してくれない言葉では本末転倒です。

また、多くの人が
「何を言うか」ばかりに気を取られて
「どんな風に伝えるか」という非言語的側面に無頓着になっています。

とりわけ、声の大きさや口調には
職員の無自覚な感情が反映されやすく、
認知症のある方はそれらに敏感に反応します。

もっとはっきり言うと、
自分たちが何をどうするばかりを気にして
目の前にいる方の状態をきちんと観察していない

ということが一番の問題なんです。

目の前にいる方に伝えるための声かけではなくて
自分たちのモットー、スローガンの実践のための声かけになっている

「敬語を使わないと(所属施設に)怒られる」
という相談をされたことが何回もあります。
敬意を持って接するのは当然ですが、敬意を示す手段は敬語に限りません。

ネットで「食事介助をする時に立って介助するのは言語道断」という
書き込みを見たこともありますが
座って食事介助していてもスプーンで上の歯でこそげ落とすような介助をしていれば
座って介助する意味がないどころか、自覚がないのでもっと悪いと思います。

手段の目的化
目的を達成するための手段をいつの間にか目的とすり替え
てしまう
ということは、あちこちで起こっている根深い課題だと感じています。

本質でないコトに惑わされてはいけない。
 
「曇りなき眼で見定め決める」というのは
「もののけ姫」でアシタカが言った言葉です。

本質を追求したいと願う臨床家のための勉強会です。
実際に現場でよく遭遇するような事例をもとにして
具体的にご説明します。

認知症のある方を変えるのではなく
私たちが変わることによって
今まで見落としたり見過ごしていたことに鋭敏になれることを
意図した勉強会です。

臨床家として、
実践を深めたい
本当に認知症のある方に役立てるようになりたい
と願っている人が対象です。

新人さんはモチロンですが
新人さんだけでなく、
「優しく」「言動を否定しない」対応をしてみたけど効果がなくて困っている人や
それらの対応が意味する考え方に疑問や違和感を抱いている人
自身の実践に限界を感じたり、整理して考え直したいという人に
ぜひ、参加していただきたいと思います。


「塗り絵」と「ちぎり絵」の違い

 

それでは
表現を好む・工夫を楽しめる方に対して
「塗り絵」と「ちぎり絵」をどのように使い分けているのかをご説明します。

まず最初に、両者の違いを分析します。

塗り絵は、色鉛筆を用いての表現活動
ちぎり絵は、和紙を貼付しての表現活動
なので、塗り絵の方が身体運動感覚の作用もフィードバックもより直接的です。

任意の面積を色で埋めるという点では、「塗り絵」も「ちぎり絵」も同様ですが
色の埋め方に関して
「塗り絵」は該当面積を自身で塗る
「ちぎり絵」は該当面積を和紙に託せる

という違いがあります。

この点を踏まえて
近時記憶障害がより重度の方には「塗り絵」を勧めたり
「する」ことに不安が強い方には「ちぎり絵」を勧めています。

近時記憶障害が重度の方には
身体運動感覚のインプット・アウトプットの繰り返しが助けになって
作業遂行を続けやすくなります。

「する」ことに不安が強い方は
過去〜現在の暮らしにおいて失敗体験や困惑体験を積み重ねてきて
自身の行動によってまた失敗してしまうのではないかと予期不安が募りやすいので
その不安感を和らげるためにも
身体運動感覚があまり直接的でない「ちぎり絵」を勧めています。

遂行機能障害を確認するために考えた方法
も紹介してありますが
認知症のある方の中には
鉛筆をもつ、自身の名前を書くということですら
不安が強くなってしまう方もいます。
シールを貼るという、自身の関与をより間接的な表明方法にしたのも
少しでも不安感を和らげる意味があります。

 

「塗り絵」と「ちぎり絵」の違い:共通点

 

  
ちぎり絵は塗り絵と同様に
同一工程の繰り返しという要素の強いActivityです。

近時記憶障害が重度であったとしても
構成障害が軽度であれば遂行しやすいActivityといえるでしょう。
表現活動を好む方が長く楽しめるActivityでもあります。

ところで
「塗り絵」と「ちぎり絵」
似て非なるActivityですが
みなさまは、どのように使い分けていらっしゃいますか?

私が考えた両者の違いと臨床での使い分けについて
これからご説明していきます。

まずは、共通点の再確認から
 
塗り絵もちぎり絵も表現活動ですから
表現を好む、工夫することを楽しむ方に向いています。


色の濃淡を塗り分け、時に重ね塗りをしています。
この方は「この花の写真ある?嘘ついちゃいけないからね」といって
花の写真を見ながら丁寧に塗り絵をなさっていました。


一方で、こんな風に塗り絵をする方も多くいます。
下線を決してはみ出さない。
均一にきっちり塗りつぶす。
これはこれで、立派な作品ですが、表現の工夫をしているわけではありません。
「きっちりとこなす」ことに興味関心があるようです。
このような方には、表現の多様さを楽しめるActivityよりも
むしろ、きっちりと行うことが完成度の高さに直結するようなActivityの方が向いています。

たとえば
編みものや縫いもの
「昔とった杵柄」としてそのまま適用すると逆効果になる場合には
指編み毛糸モップを提供します。

指編み
毛糸モップ

お年寄りの中には
「働くこと暮らすことで精一杯で趣味なんてする間なんてなかったよ」
とおっしゃる方もいます。

身体的な労働を一生懸命してきた方にも
むしろ、指編みや毛糸モップといったActivityが向いています。
 
身体的な労働に従事してきたということは
身体運動感覚を長年にわたって活用してきたわけですから
一定の力加減をきちんと再現し続ける要素のあるActivityだと
見事に遂行することが可能ですし
完成した作品を実際に使えるという実用性がある面も向いています。

棒針やかぎ針を使わず
直接的に手指を用いるActivityなので
身体運動感覚をより強調して再現することにもなります。

近時記憶障害が重度で再認も困難な方だと
指編みや毛糸モップを導入することは難しい場合もありますが
個別リハなどでセラピストが常に同席できる状況では
場面設定と援助を工夫することで遂行可能になることも多々あります。

指編みや毛糸モップと、塗り絵やちぎり絵では
Activityの特性が真逆となるので
適用する方の特性に合わせて、提供を判断しています。

「塗り絵」と「ちぎり絵」の使い分けについてご説明する前に
前段階として、共通点の再確認をしました。

それでは、両者の違いについて次の記事でご説明します。

 

ちぎり絵の工夫(1)タオル


ちぎり絵をする時には
 こんな風にちぎった和紙を缶の中に入れておくと思います。


もちろん、私も缶の中に入れておきますが
さらに、もうひと工夫。


こんな風にタオルの上にあらかじめ和紙を1枚ずつ並べておきます。

理由は2つあります。

ひとつ目は
アルツハイマー型認知症のある方は
疾患の定義上、高齢者です。
高齢のために手指の巧緻性が低下している方は多いものです。


 このように缶の中に和紙をまとめて入れておくと
和紙の繊維同士が絡まって1枚ずつ取り出すことが難しい方もいます。

認知症のある方は、すでにたくさんの生活障害を繰り返し体験してきているので
1枚取る、こんなこともできなくなってしまった。
と認知機能低下のせいと誤認してしまいがちです。

また、セラピストも「1枚だけ取って」と指示したのに
認知症のある方が和紙を1枚だけ取ることができないと
(認知症だ)という先入観から、手指の巧緻性低下という身体面に配慮が及ばず
(こんなこともできなくなってしまった)とセラピストの側も誤認しがちです。

このような時には
タオルの上に和紙を1枚ずつ置いておくことで
スムーズに1枚ずつ手に取ることが可能となります。

決して、指示理解ができないという認知機能低下のためではなくて
手指の巧緻性低下という身体的な問題を解消することができます。

また、たとえ、HDS-R1桁と認知機能障害が重度であったとしても
色合いの変化をその都度工夫しながら和紙を貼ろうとする方も大勢います。

ちぎり絵というのは(塗り絵もですが)
同一工程の繰り返しによって作品が完成します。
構成障害が軽度であれば近時記憶障害が重度であっても
遂行可能なActivityのひとつです。

和紙をタオルの上に1枚ずつ並べて置いておけば
和紙の微妙な色合いの変化をよく見て選ぶという能力発揮を援助することができます。


こちらの作品をよく見ると
ナスの右側に限定して濃い色の和紙を貼ってあることがわかります。
ナスの左側も上は濃い色、下は薄い色と変えています。

下絵から和紙がはみ出さないように貼るだけでなくて
より立体的に貼ろうとしている
光と影を表現しようと貼ろうとしている
色合いの変化を意識して貼っていることが伝わってきます。

このように
ちぎり絵というActivityで工夫をする
ということは、メタ能力として表現に工夫をしているということですから
普段の他者との関係性においても表出を工夫している可能性があります。

まさしく、この作品を作った方は
私に対しても、とても配慮してくださった方でした。

水分補給のために飲み物をお渡しすると
口をつけたコップの反対側の示して
「先生、こっちは口つけてないからここから飲んでくださいよ」
と勧めてくださったりします。

自分だけが飲んでは私に悪いと思ったのでしょう。
お元気であればきっと私の分の飲み物を用意してくださる方なんだと思います。
でも、今の自分にはそこまでできない。
今の自分にできる精一杯のことは、飲み物を分けることだと思ったのでしょう。
ただ、結果として不適切な方法 (^^; になってはしまいましたが
他者への思いやり、心配りという能力と特性の発露からのものに違いはありません。

このような方は、
他者へ配慮する能力がある故に
他者との関わりの中でストレスを抱えることもあります。
特に周囲に同じように配慮できる他者が少ないような環境
つまり、この方だけが一方的に配慮するような環境では
気疲れしてしまったり、安心して過ごすことができなかったりします。

Activityの場面設定の工夫をすることで
認知症のある方の能力を
私たちが知ることができたり、
再確認できたり、
合理的な能力発揮の援助を促すことができますし
Activityというのは、単に「できることをする」「時間を過ごす」ために
提供するものでもありません。
 
Activityへの向き合い方にその方の能力も特性も困難も反映されていますから
ふだんの暮らしぶりとも密接な関係があります。
そこを踏まえることで、観察や対応に活かし、実践を深めるきっかけにもなりますし
また、逆も言えます。

和紙が缶の中に入った状態のままで提供するだけでは
「和紙を1枚ずつ取り出す」ことができないというリスクを減らすことができず
本来できるはずの「和紙を1枚ずつつまみ上げる」という能力発揮を促せず
(認知症だから和紙を1枚ずつ取り出すこともできない)と誤認してしまう恐れすらあります。

本当は、こんなにも、色合いの微妙な変化を工夫し、楽しむことができる方なのに

同じ方でも、
場面設定次第で、能力を発揮できることもあればできなくもなる。

能力は状況によりけり発揮される。

場面設定の工夫というのは、奥が深いものです。

(続く)

鶏肉のハニーマスタード焼き

これもネットで見つけたレシピです。

朝仕込んでおいて、夜焼くだけなので、カンタンです (^^)
粒マスタードのおかげで鶏肉の臭みも抜けるし
はちみつのおかげで鶏肉が柔らかく照り照りに仕上がります。

粒マスタードと醤油とはちみつを1:1:1の割合で
鶏肉に漬け込み、あとは焼くだけ!

粒マスタードは脂質が多いらしいので結構満腹感があります。
私は、レシピよりも気持ちマスタードの量を減らして作っています。

ちなみに
鶏肉580gに醤油・蜂蜜を大さじ2、マスタードは大さじ1.5くらいです。

現場で本当に役立つ認知症研修会第2回計画中


ご好評にお応えして、
現場で本当に役立つ認知症研修会 第2回をオンラインにて開催します。

5月の夜間に1時間ほどで
新人さんや新人さんを指導する人や
自身の実践を深めたいと考えている人や興味のある人を対象にして
声かけの工夫をテーマに開催しようかなと検討中です。

認知症のある方への声かけというと
「優しく」
「否定しない」
ということは、たいていの人が聞いたことがあると思います。

でも、そんなことより、もっと大切なことがあって
それらを明確に言語化している人、実践している人は少ないものです。

認知症は脳の病気です。
脳血管障害後遺症のある方に優しく、言動を否定しないような対応をしても
それだけで運動麻痺が改善したりADLが改善することはありません。
認知症も同じです。
優しく、言動を否定しないということは、対人援助職の基本ではあっても
障害と能力を観察・洞察して的確に対応することができて
初めて援助の入り口に立つことができるのです。

「優しく」「否定しない」対応をしただけで
改善がみられるのは、ごく軽度の方です。
(ここで言う改善とは認知機能障害ではなく、
 BPSDだったり介護への協力ができるようになったという意味です)

中等度以上の認知症のある方には、きちんと障害と能力に合わせて
対応することが求められています。

「優しく」「否定しない」対応をしても
認知症のある方の言動に改善がみられないどころか
火に油を注ぐようなことになってしまって
自身の対応が悪いのかと落ち込んでいる人に伝えたい。
あなたの努力が足りないのではなくて
努力の方向性が違うだけなのだと。

今、悩んでいる人
現行の方法論に違和感を抱いている人
新人さんはもちろん、どなたでも参加できます。

決定したら、こちらのサイトでもお伝えします。
今しばらくお待ちください。

 

伝達する時には具体的に/意味も添えて


老健で勤務していた時から、
看護介護職への情報伝達において
再現性を高めるにはどうしたら良いのか?ということを考えてきました。

リハサマリーも同様です。
リハサマリーの工夫についても書きましたので
よかったらご参照ください。

「具体的に/意味も添えて」 ということが今のところの私の答えです。

そして
もう一つが、自分の問題と先方の問題を混同しないで区分けする。
ということ

どういうことか、説明していきます。


写真のような座り方をしている方に対して
たいていの看護介護職員がすることは
頭の右側を起こそうとしたり、右腕のところにクッションを当てたりすることです。
でも、よく見ると臀部から左へズレてしまっています。
このような時には、臀部の位置を修正すると書いても伝わりません。
なぜなら、そもそも臀部の位置を見ていないからです。
(臀部を見ていれば臀部を修正するはずです)
臀部ではなく、見た目にインパクトのある頭部や体幹を見ているだけなので
臀部の修正をする必然性が伝わらないのです。

 
1)具体的に
  ・例えば、臀部の位置を修正ではなくて
   どうやったら左右対称になるのか、を書きます。
   「臀部を右に戻してから右側肩甲骨の下にタオルを当てる」と
   大きめの文字で書きます。

2)意味も添えて
  ・臀部が左へズレていることや、
   頭部の右側の筋肉は短縮しているので傾いていても気にしない
   などを小さめの文字で書きます。

 大きめの文字で書くのは、してほしいことを明確に伝えるため
 小さめの文字で書くのは、スペースの関係と理解よりも
 実行を優先しているからです。

3)自分の問題と先方の問題を混同しない
  ・職員の中には事実を観ずに、かつて受けた誤った教育による刷り込みを信じて
   そこから脱却できない人もいます。

   例えば、
  「強く激しいムセは異物を喀出できるので心配いらない。
   むしろ、弱々しいムセしかできない方の方が危ない」と
   ムセとは何かということから説明しても
   強く激しくムセている方に対して食事中止してしまう職員もいます。

  ・写真の例で言えば、
   臀部の位置を修正せずに体幹にクッションを当て続けたり、
   頭を左へ戻すように繰り返し声かけを続ける人も出てきます。
   そのような人は他の場面でも似たような言動をしている、
   つまりその人固有の問題を抱えている
   わけで、そこから先の対応はその人の上司が対応すべき問題となります。

  ・再現できるように、伝え方を最大限工夫するのは私の責務ですが
   全ての人がきちんと再現できるかどうか、その徹底は私の管轄外と言えます。
   ここに気がつくまでは長い年月を要しました。
   どうしたら、全員に完全に徹底できるようになるだろうか?
   と悩んだ時期が相当ありました。

  ・脱却できたきっかけは、
   リハと看護介護の情報伝達において問題が生じる時には
   必ず看護介護の中でも
   情報伝達の問題を抱えているということに気がついたからです。
   単に、リハ職が伝達徹底されていないことに
   気が付きやすいだけだということを認識できたからです。
   つまり、看護介護の管理責任者がすべきことであって、
   リハ職としては現状報告や相談をしても
   解決策を考えるのは管理責任者の仕事だということです。
   (管理責任者もいろいろな人がいますが 。。。)
   いくら、リハに関することとは言え、
   管理責任者がすべきことまでリハ職が肩代わりすることは
   ありません。
   事実の認識と事実への対応を明確に区分けすることを私は学んできました。

   リハ職としては、情報発信者として最大限明確に具体的に伝える。
   もう一つは、
   対象者の能力が最大限発揮できるようにリハを頑張るということです。
   対象者の能力が底上げされれば、問題を最小化することが可能となります。

   重度の認知症のある方でも、それだけの能力があります。
   全員で方法を徹底できないから
   認知症のある方の状態像が改善できないということではなくて
   認知症のある方にピンポイントで的確な対応ができる人がいないから
   状態像が改善できないということなんだと思います。
   (もちろん、他の疾患と同様に状態像によってはできないこともあります)

   過度に情報伝達にこだわることなく
   伝達の徹底や完全性にこだわることなく
   たった一人で良いから、的確な対応ができる人がいること
   その最初のひとりになることを目指すことの方がずっと大切です。