再認を確認する尋ね方:懐メロ


再生と再認_については
既に記事にしてありますが、たくさん応用できます。
というか、ふだんの会話から評価できるように
知識を習得し、対応に活用することを奨励しています。

認知症の研修会は
どの職種でもよく開催されていますが
研修会でよくあるパターンは
医学的基礎知識を教科書的に説明するというパターンです。
残念なことに、多くの場合に、そこでとどまってしまっているように感じています。

知識は対応に活かすために学ぶものです。
認知症に関する知識が実際にどのように対応に活かせるのか、というところにまで
展開して説明されている研修会というのは非常に少ないものです。

重度の認知症のある方でも
再生はできなくても再認できる方はとても多いので
再生だけ確認するのではなくて再認の可否についてきちんと確認しておくことが必要です。

例えば
今の80歳〜90歳代の方は娯楽が少ない時代を生きてこられたそうで
歌、懐メロを聴いたり口ずさんだりするということが貴重な娯楽の一つだったそうです。

それを踏まえて
(歌は好きですか?)と尋ねると、大抵の方は「好きだよ」「好きですよ」と答えられます。
(どんな歌が好きですか?)(好きな歌手は誰ですか?)と尋ねると、口篭ってしまうことも多々あります。
そりゃぁ、そうですよねぇ。。。
毎日、歌に馴染んでいればまだしも、突然尋ねられて即答するのは難しいことです。
ところが、「相手は認知症だ」という事前情報があると
本来、誰にでも共通する「久しぶりに尋ねられたテーマには即答するのが難しい」
ということへの配慮がなされずに
「認知症だから答えられないよね」と思い込んでしまう。。。というのもまた非常に多いのです。

そこで私は
だいたいの年代をもとに有名な歌手名を挙げながら尋ねていきます。
90歳〜80歳代の方には、霧島昇・東海林太郎・藤山一郎・岡晴夫・こまどり姉妹・ミスコロンビア
80歳代〜70歳代の方には、石原裕次郎・フランク永井・管原都々子・美空ひばり・大津美子 などなど
有名どころの歌のタイトル、例えば
「旅の夜風」「目ン無い千鳥」「赤城の子守唄」「名月赤城山」「東京ラプソディ」「長崎の鐘」
「東京の花売り娘」「憧れのハワイ航路」「ソーラン渡り鳥」「悲しき子守唄」 などなど
を尋ねてみたり、有名なフレーズを歌ってみたりします。
そうすると、思い出せる方がた〜くさんいらっしゃいます!

これは何をしているかというと
再生の可否と再認の段階づけを確認してるんです。
聴覚情報だけでも再認可能なのか、視覚情報で可能となるのか、体験すると可能なのか

そうすると、関連事項も思い出しやすくなって
〇〇の歌はよく聴いてた、△△はあんまり好きじゃない、
と段々と答えが豊かになってくることも多々あります。

ふだん、言葉数が少ない方に尋ねて
「⬜︎⬜︎」と即答されることもありますし
80歳代の男性に尋ねて「キャンディーズ」と答えた方もいらっしゃいました。

再認を促すために
尋ねる時には、歌手名一覧や有名な歌のタイトルを一覧にしたものを見せながら尋ねます。
(視覚情報も同時に提供する)

再認にも段階づけがあるので
聴覚情報>視覚情報>体験 のどの段階で再認しやすいのかも確認しています。

こういった工夫をするとしないとでは答え方の難易度が変わります。
多くの人は再生の可否だけ確認して再認の可否を確認しようとしない
再認の可否を確認できる場面設定をしない
だから、答えを持っている人でも答える前の段階で止まってしまっていて
本当の能力を目にすることがないし、能力発揮できない。。。
どちらにとっても本当にもったいないことだと感じています。

知識は対応に活用するために習得するのであって
「聞いたことがある」というレベルでは対応に活用することは叶いません。

研修会で説明するときに
対応への活用の具体例や展開例を含めて伝えると
一層、基礎知識の理解が深まりますし
臨床場面で「やってみよう」と思えるようになるという声をよく聞きます。

教科書に書いてあることは読めばいいと思いますし
認知症の研修会は一時期に比し、もう飽和状態だと思うんですよね。。。
その次への展開が求められていると感じています。
知識をどのように対応に結びつけていくのか、
理念の具現化をするために最も必要な思考過程の明確化こそが
現場に必要で、なおかつ、求められていることだと感じています。

速報! 食事介助オンラインセミナー再配信


おかげさまでこちらの本は完売いたしました m(_ _)m
  
食事介助の基本をきちんと学びたいけど
本を読めなくて困っているという方にお知らせです。
  
日総研出版さんのオンラインセミナー
「摂食・嚥下5相で理解する食事中の観察ポイントとスプーンテクニック」の
10月28日(月)から再配信されることが決定いたしました!

認知症があってもなくても
生活期にある方への食事介助は多くの課題を抱えています。

「何を」「どのように」食べていただくか、どのように援助するか
というのが食事介助ですが
多くの現場では、いつの間にか
「食べることの援助」から「食べさせる」ことにすり替わってしまっています。

職員の多くは、善意で関わっているのに
なぜこのようなことが起こるのか
もちろん、日々の忙しさという要因はあると思いますが
実は、それ以上に
食事介助は食べ方を観察しながら介助するのだ
という基本をきちんと教わっていないということが最も大きな要因だと考えています。

言葉としては
「食べ方をよく見て相手に合わせて介助する」と抽象的には聞いても
「食べ方」を「よく見る」とは
具体的にどこをどのように観察することなのか
どのような食べ方はどのような介助方法によるものなのか
どのように修正したら良いのか

という具体的な指導は、ほとんどの人が受けていないという現状があります。

だから
今、目の前にいる方の食べ方をポイントを押さえて観察ができない
食べ方を見るといっても、ムセの有無しか気に留めることができなかったり
自身のスプーン操作を適宜修正することができないのです。

これは、本当に由々しき事態だと思いますが
逆に言えば、だとしたら
食べ方に関して、きちんと観察のポイントを学べば良いだけだし
スプーン操作の具体的な修正方法を学べば良いだけなのです。

巷間言われているように
歳をとって嚥下機能が落ちて誤嚥。。。
というケースは実は少なく
咽頭期の問題は口腔期に引きずられて二次的なもので
生活期にある方の食べ方の本質的な問題は
口腔期にあることが大多数で
しかも口腔期の能力は多くの場合改善可能です。

多くの生活期にある方
重度の認知症のある方でも
私はたくさんの方の食べ方を改善してきました。
それらの体験をもとに、具体的に明確にご説明いたします。

明日からの臨床で
食べ方を観察できるように
自身のスプーン操作を適宜修正できるようになるのが
こちらのオンラインセミナーです。

オンラインセミナーの詳細は、後日改めてこちらでもお知らせいたします。

防げるシリーズ:美容院脳卒中症候群

美容院脳卒中症候群(スタンダール症候群)は
美容院業界では対策がとられているようですが
高齢者施設では、そこまで注意喚起がなされていないようにも思います。

美容院脳卒中症候群とは
長時間の頸部圧迫や上方注視によって
後頸部にある椎骨動脈を圧迫してしまうことによって
めまい、ふらつき、手足のしびれやひどい時には脳梗塞を起こしてしまうことを言います。

高齢者施設でよくあるケースが
普通型車椅子に乗車している方が
頸部後屈位のまま長時間居眠りをしているというケースです。

認知症が重度になると
手足のしびれを言語化できないことも多々ありますので
職員が予防的に対応できないと片麻痺がいつの間にか生じている
ということも起こり得ます。

このような姿勢で居眠りしていたら
ベッドで臥床を促したり
ベッド臥床が難しい場合には、
ヘッドレストを後付けしたり
ヘッドレストがついているタイプの車椅子に変更することによって
予防するように気をつけたいものです。

防げるシリーズ:下垂足

  
たまに見かける下垂足
足関節を背屈しようとしてもできません。
圧迫による腓骨神経麻痺による場合は
長時間の横坐りや椅子で足を組んだまま長く座っている方に起こることがあります。

認知症が重度になると
ご本人は下垂足の自覚がなくとも
無意識に股関節や膝関節を過剰に屈曲する代償歩行をしています。

認知症が軽度までの方なら
プロフッター を装着してもらうことも可能ですが
重度になると説明した意義を忘れて外してしまい装着継続が困難になったりします。

代償歩行ができるとはいえ、歩行時の転倒リスクはありますから
予防できるに越したことはありません。

ただし
足を組んで座るという座り方の癖を直すというのは
これもまた難しいものですから
長時間、足組み座位が連続しないように
体操やトイレ誘導など、立ったり足を動かす機会を作ることで
腓骨神経の長時間の圧迫による麻痺を回避させる工夫をする方が現実的だと思います。

  

防げるシリーズ:下垂手


移乗動作や寝返りが全介助でも食事は自力摂取している方が
突然、下垂手になってしまうこともあります。
手関節を背屈しようとしてもできなくなってしまいます。

このようなケースで圧倒的に多いのが
完全側臥位による橈骨神経麻痺です。
  
「褥瘡予防のために仙骨部を除圧しなきゃ」という善意かもしれませんが
完全側臥位は非常に危険です。

体位交換・ポジショニングに関する誤解もまだまだ多いようですが
1)完全側臥位はとらせない
2)側臥位で下になった上肢は必ず体幹から引き出す
3)肩甲帯〜骨盤帯をクッションで支える
という側臥位設定時の注意を守っていただきたいと思います。

橈骨神経麻痺は、圧迫の程度や持続時間によって回復までの時間は様々です。

一番、問題になるのが食事摂取です。

食事は、ご自身で自力摂取できていた方なのに
下垂手になると摂取困難になってしまいます。
認知症がないか、あっても軽度であれば
一時的に非利き手を使用したり
手にカフを巻きつけて代償的に食べたりもできますが
認知症が重度になってくると
食べ方を変更することは困難になり
下垂手の状態で以前と同様に食べようとして食べられず
辛い思いをされることになります。

高齢者の下垂手は
橈骨神経麻痺は完全側臥位が原因のことが多く
(もちろん、その他の原因によっても起こりますが)
その場合は職員の側にありますので予防可能なことが多いのです。

上肢圧迫がないのに橈骨神経神経麻痺が起きていたら
すぐに整形外科を受診していただきたいものです。

透明のコップ


ダイソーさんで購入した、透明のコップです。

認知症があると、いろいろなことを忘れてしまいますが
目で見てわかるチカラは、かなり保たれています。

ところが
高齢者施設や病院では不透明なコップを使用していることが多いですよね。

近時記憶が低下していると
水分摂取を促しても不透明なコップだと
飲み残しがあるということを忘れてしまいます。

透明なコップだと、コップにまだ飲み物が残っているということが一目瞭然
飲み残しがある→飲む という
環境認識→判断→行動の一連の過程を職員の声かけではなく
認知症のある方の視覚理解を活用する
環境調整によって援助することが叶います。

「水分摂取に促しが必要」な方の中には
「飲みたくない」のではなくて
「飲んでいたことを忘れてしまう」
「飲み終わっていないことを忘れてしまう」
「コップの中に飲み物が残っていることを忘れてしまう」
というケースも多々あります。
そのようなケースに有効なのが、視覚理解に働きかけるという環境調整による工夫です。

 


繰り返しわかり直す


同じコトを繰り返しわかり直す
理解の深度が深まっていくということを何度も何度も実感しています。

食事介助において
スプーン操作の重要性を私が訴え始めたのは30年以上前になります。
その考えは今もなお変わることはありませんが
当時よりももっと深くその意義が理解できるようになりました。

当時から講演では体験学習を提案していて
その体験学習のキモは今も変えてはいませんが
細かな配慮や環境設定の工夫を積み重ねて
より良い体験学習が提供できるようになってきていると自負しています。

講演での伝え方も
より印象に残る伝え方や
より明確な伝え方の工夫ができるようになってきていると自負しています。

どのように場面設定をするのか
どんな言語的説明、視覚的説明を提示するのか
それらを考える過程において
フッとパワーワードが浮かぶこともよくあります。
でも、「ここでパワーワードが欲しいな。どんな言葉にしようかな。」
と考えたことは一度もありません。

確かに「書く」機会は多かったと思います。
日々の辛さにやむにやまれず15年以上個人のブログを書き続けてきたことや
神奈川県作業療法士会のウェブサイト管理委員会のお仕事や
県学会広報部や県士会理事の時に立ち上げた複数のコンテンツの作成を通して
培われてきた部分もあると思う。

明確な言語化は明確な認識と関係しています。
実習指導の時に「わかっているけど書けないだけだから気にしないでいいよ」
と学生に声をかける人にたくさん出会いましたが
内心、それは違うと思っていました。

わかっているつもりになっているだけだから書けないのだと。

若い頃に
転倒している方を発見して、ひやりハットを書こうとして
体幹のどちらが下になっていたのか
下肢はどういう状態だったのか
書けなくて困ったという体験をしたことを覚えています。

見れども観えず
になっていたのだと。

もちろん、究極、言葉にできない部分もあると感じていますが
それは、言語化を突き詰めていった人がようやく言えることだと思います。
わかっているつもりから卒業しようと今でも心がけています。

そうすると
わかっていたつもりだったことが
確かにそうなんだけれど、もう一段明確に深くわかり直す機会に遭遇したりします。

たとえば
食事介助において
上の歯でこそげ落としたり、スプーンを口の中に差し入れてしまうことの弊害が
準備期の機能を廃用に陥れるだけでなく
口腔期の機能をも廃用に陥れてしまうことを深くわかるようになったことがあります。

不思議なもので、タイミングがあるんですね。

ずっと探し求めていた言葉や概念にふっと遭遇する
私にとって必要な体験ができるような状態像の方に出会う
見れども観えずになっていたことが明確に観えるようになる
一般化・抽象化の深度が深まる

もしかしたら、実は、タイミング自体はずっとあって
それこそ、私が気づけていなかっただけかもしれないのですが
私が実感できるタイミングで起こるように感じています。

繰り返しわかり直すことを通して
観察の深度が深まるし
観察の範囲も広がります。

  時には
  表面的に不合理な思いをする体験にも遭遇しましたが
  後になって振り返ってみると
  思いもよらないメリットを享受する機会だったことがわかったりします。
  その後の展開も大きく変わりました。
  一見、悪いことに見える良いことだったというわけです。
  そして、良いことに見える悪いこともありました。

  「Connecting the dots」「塞翁が馬」本当にそうだなぁ。。。と思います。

  知や力の問題もずっと考えさせられてきました。
  結局は、扱い方の問題で
  知や力に引きずられることなく自分がしっかりしていれば良いけれど
  知や力の持つパワーの底知れなさに
  抗いきることの困難も少しはわかるようになりました。
  (お金持ちや名声が高まると、ここにお金や名声のパワーも加わるのでしょう)
  このことについては、いずれ記事にしたいと思います。

繰り返しわかり直す体験をしていると
(良い意味でも悪い意味でも)五十歩百歩なのかな?と思ったり
志さえ曲げなければ、
必ず自身の成長につながる機会に出会うことができることを実感でき
一見、悪いように見える体験に遭遇しても
過剰に落ち込むことなく(落ち込む自分を否定はせず)
その体験の意味を活用しようという気持ちになれますし
現実的にも神様からのプレゼントと思えるような体験が巡ってきたりします。

点と点が線になる

スティーブ・ジョブズの言葉に「Connecting the dots」という言葉があります。
2005年6月にスタンフォード大学の卒業式で
「将来を予想して、点(知識や経験など)と点をつなぐことはできない。
 後々の人生で振り返った時にしか、点と点をつなぐことはできない。
 今やっていることが、将来、自身の役に立つ(点と点がつながる)と信じて取り組みなさい。」
とスピーチしたそうです。

本当に点と点はつながるんです。

私が作業療法士として働き始めた当初
減ることなく日々増えていく「To Doリスト」を前にして
焦るばかりだった自分を覚えています。
後年になって「よっしーさんは仕事が早い」と言われるようになるなんて思えなかったし
ましてや、自分が人様の前でお話をしたり、本を上梓するようになるなんて
夢にも思っていませんでした。

もっと遡ると
高校生の時には児童文化部に所属していて
影絵や人形劇を作って市内の保育園を回って上演するという活動をしていました。
この時に先輩から口酸っぱく言われたのが
「演出は自分で動いちゃいけない。常に全体を見て指示を出せ。」
ということでした。
今思っても良い先輩やOBに恵まれ良き指導を数多く受けました。
それが後年OTになっても活用できる眼を涵養してもらったのだと
当時は知る由もありませんでした。

私が臨床1年目の頃は、今のような民間のセミナー団体なんて全然なくて
OT協会か県士会主催の研修会しかありませんでした。
どのように学んでいいかも自分でわかっていなかったので
手当たり次第に研修会に出たり、本を読んだり、論文を読んだりしていました。
給料は安かったし、古いけどアパートも借りてたし、県の奨学金も返済していたので
漫画みたいだけどパンの耳を食べていたこともあります (^^;
自宅で素ラーメンを食べていて、たまたま尋ねてきた知人に笑われたこともありましたっけ (^^;
そんな風でしたから、研修会に出席しても「モトはとるぞ」精神で
研修会の内容だけでなく、講師の講演の進め方や構成、事務局の運営の仕方なども
その場のすべてが勉強とばかりに見ていましたっけ。
(それができたのも高校時代の部活での体験があったからだと思います)
いつかは自分が講演する側に回るからとか、運営側に回るから
といった意識は皆無でしたけれど、得られるものはなんでも得る!精神でした。
でも、その蓄積が今、本当に自分が講演する側になり、運営する側にもなって
役に立っています。

私がブログを書き始めたのは今から15年以上前になります。
そのブログを読んだ人から講演を依頼されたこともありました。
その後、神奈川県作業療法士会のウェブサイト管理委員会のお仕事をするようになったり
県学会広報部や県士会理事の時に立ち上げた複数のコンテンツの作成を通して
情報発信を学べたことも大きかったと思います。
(失敗もたくさんしたけど)
当時は目の前にある為すべきことをただひたすらやっただけで
後年になって自分でサイトを作って公開する時が来るなんて思いもしませんでした。

いやー本当に何がどう役に立つか、わからないものです。

無駄なことなんて何ひとつありません。
どんなに努力したとしても願いが叶うとは限りませんが、

努力したことが無駄になることなんて決してありません。

点と点は、その時にはわからないくても
必ずや線になるし
その線もカタチを変えてより太い線になったり面になり立体になったりしていきます。

これからも
新たな点を作っていくことになるだろうし
新たな点と作られた多数の点を結んでどんな線ができるのか
ワクワクドキドキしていますし
作られた線の意味や点の意義を振り返って
思い出を味わったり、新たな発見を見出したりするのも
これから老いを迎える私個人としての新たな楽しみ方になるのかもしれません。

 

豆腐のサラダ


まだまだ暑い日が続いています。
そんな暑い時にぴったりの副菜です。
サッパリとパクパク食べられます (^^)

材料:
豆腐(3連包装を1個)
茗荷 1個
きゅうり 1/2本
塩昆布 ひとつかみ
めんつゆ 大さじ1
ごま油 大さじ1強

作り方:
豆腐は電子レンジで水切りします(600Wで1分ちょっと)
きゅうりを薄い輪切りにして塩もみしてから水気をしぼります。
茗荷は千切りします。
器にめんつゆとごま油と塩昆布を入れて混ぜ合わせます。
次に、水切りした豆腐ときゅうり、みょうがを入れてさらに混ぜ合わせ
冷蔵庫で冷やしておきます。

ネットで見つけたレシピです。
レシピでは、軽く火を通したオクラを使っていましたが
私はきゅうりのシャキシャキ感の方が好みです (^^)

サバ缶ご飯

夏も終わりですが
暑い日にぴったりのカンタンなサバ缶ご飯のご紹介(^^)

材料:
ごはん 1.5合
サバ缶 1缶
しその葉 10枚(お好みで加減を)
白ゴマ (プチプチ感が決め手)
梅干し 2粒
しょうがチューブ 2回しくらい
ごま油 適量
めんつゆ 大さじ1

作り方:
ごはんは、硬めに炊いておきます。
ごま油をフライパンに入れて熱し、サバ缶の汁ごと入れて身をほぐします。
ほぐした梅干し、めんつゆ、白ゴマ、しょうがを入れて煮詰めます。
水気がなくなったら、千切りしたしその葉を混ぜ合わせます。
最後にご飯をよく混ぜてできあがり!

サッパリしているけど、コクがあって栄養満点!