違いを体験する→認識できる


わかる ということには、果てがない。

わからないからできないし
わからないからやってしまう

昔、老健で勤務している時に
「なんでよっしーさんが食事介助すると点数(介護報酬)が取れて
 私が介助すると点数が取れないの?」
とあるスタッフが陰で言っているのを聞いたことがあります。

あぁ、この人は
自分と私の介助に違いがあるのがわからないんだなぁと思いました。

わかる、ということは
白と黒の間のグレーの色調の解像度がよりきめ細やかに認識できる
ということでもあります。

ムセさせずに食塊を口の中に入れることができる
という意味では、その人と私の介助に違いがないように
まさしく見えたのでしょう。

でも、私にはその人と私の介助の違いがわかります。
私が実践していること、意識しながら介助していることを
その人がしていないことがわかります。
その介助の違いによって、対象者の食べ方も違ってきていることを
摂食・嚥下5相のどこがどう違うのかと具体的に説明することもできます。
  
熱心な人であれば、直接私に聞いてきます。
「どうしたらよっしーさんみたいに介助できるんでしょうか?」
そう聞かれたらちゃんと答えます。

でも聞いてこない人に対して
いくら言葉で説明しても
自身の介助を修正してくれることにはつながりません。

その人の中では ちゃんと介助してるつもり だからです。

このような場合には
ちゃんと介助しましょうと言うのではなく
「ちゃんと介助する」体験と「ちゃんと介助していない」体験とを
対比させて体験させることが重要です。

違いがわかっていないから。

違うのだということを実感してもらわないと
お話の前提を共有できないからです。

技術職の強みは
違いを実感させられる体験学習を提供できる ことにもあります。

学ぶということは変わるということです。
卒後養成においては
その職場で対象者の方への対応が改善されることが目的です。

  ここでも往々にして
  卒後養成プログラムがあるから実施する
  というように、目的達成のための手段の適否の検討ではなく
  手段の目的化が起こりがちです。

  違いのわからない人が卒後養成の担当になると尚更です。。。

職場のスタッフの傾向が把握できていれば
提供すべき体験が自ずからわかります。
より効果的な体験の提供の仕方も自ずから浮かび上がってきます。
必要な準備も芋づる式に浮かび上がってきます。

職場でポジショニングの勉強会を開催した時には
担当者やポジショニングをきちんとできているスタッフに
「何が足りないか?」「何を言って欲しいか?」も確認しました。
私だけでは見落としていることもあるかもですし
私と同じ見解であれば、ふだん相当実践できていないことの確認ができます。

知識編では
現場あるあるの誤解と本当に起こっていることを明確に言語化し
実践編では
私の介入前後で対象者の身体の変化を実際に触って感じてもらいました。
その上で
どうしたら再現できるのか
手順とポイントについて明確に言語化し
再現しようとして、し損ねているポイントについても言語化しました。

あるスタッフは
「よっしーさんに言われた時には正直なところ「?」って思ったの。
 でも、やってみたら本当にその通りだった。
 ごめんなさい。」
と吐露してくれました。

まさしく、
「聞いたことは忘れる
 見たことは思い出す
 体験したことは理解する

今まで、違う教育を受け
長い間そのやり方を行なってきたという体験が誤認を蓄積させているのです。

多くの人は受けてきた教育を実践しても
効果がないという体験をしているはずなのですが
疑問を抱くことができません。

「こうすべき」と教わってきたし、
周囲の人がみんな同じことをしているから
目の前で起こっていることを「見れども観えず」にしている自覚が生まれにくいのかもしれません。

対人援助職の人は確かにみんな頑張ってはいるけれど
「する」ことばかり教わって、教わったことの意味を考えない
という行動パターンが定着しているから
自身の実践の結果、対象者の変化については観察していない人も少なくありません。
白と黒しか見ていないのでグレーの色調の変化を観ていない人も少なくありません。
だから、ハウツーが蔓延る。。。
どんなテーマの講演でも、どの職種でも、必ず出る質問です。
「〇〇という状態の人がいるのですが、どうしたらいいでしょうか?」
一生懸命なのはわかるけど、ハウツーはもう卒業しましょう。
その代わり、考え方や観察のポイントはこちらのサイトで公開してあります。

その時その場のその関係性において
答えは目の前の認知症のある方が示してくれています。
その答えをその場にいるあなたが見出すしかないのです。
 
それから連携あるあるですが
丁寧な組み立てをした勉強会を開催しても
そこで違いを実感しても
抵抗を示す人も出てきますが
的確な体験学習を提供できていれば
そこまで過剰に反応する必要はありません。
変化に抵抗するのは、その人固有の問題があります。
その人固有の問題は、その人とその上司が対応を検討することで
こちらには関係ないことです。

組織にはいろいろな人がいますから
時には足を引っ張る人が出てきたりします。
陰湿なことをやる人もいます。
有効な体験学習を提供できれば、普通は「ありがとう」ですが
有効だからこそケチをつける人もいます。
相手にしないのが一番ですが
あまりに失礼な時には論破した方が良いこともあります。
(足を引っ張る人の論理は破綻しているので論破も容易です。)

私も最近つくづくと、ようやくわかってきましたが
良いことをすれば喜ばれるとは限らず
良いことをしているからこそ否定されることもある
のです。。。

強固な常識として定着していることと異なる表明をすると
思いっきり叩かれ、否定されることは歴史が証明しています。
ガリレオ然り、ゼンメルワイス然り、小笠原登然り。。。
でも、真実は必ず後年日の目を見ることも歴史が証明しています。

わかることには果てがないし
科学は過去の知識の修正の上に成り立つ学問です。

私にできることは
その都度その都度最善を尽くし
本質を追求することで
何にエネルギーを使うかは、私自身が選ぶことができます。

本当に対象者の方のために働いていて困っている人に
有益な学びの機会を提供できるようになること
その人が少しでも再現しやすくなるように明確な伝え方をすること
勉強会をきっかけにその後の対象者の変化について
細かな情報交換ができるようにすること
プラスの方向性でできることはたくさんある!




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