お風呂上がりのXさんに尋ねられました。
「2階はどこ?エレベーターはどこ?」
今、Xさんがいるのは施設の1階です。エレベーターはありません。
「ここは平屋なので2階はないんです。」
そうするとXさんは「そんなはずはないんだろう!」と怒り出してしまいました。
ここだけ、切り取って
「怒りっぽいXさん」とレッテルを貼ったり
「エレベーターなんてあるわけないじゃん」と否定したり
「認知症も相当進行しちゃったんだね」としたり顔で言ったり
「申し訳ありません。エレベーターはないんです。」と謝罪しても
Xさんの困りごとを解決することはできません。
対人援助職のプロとしては
表面的な現れだけを切り取って対応するのではなくて
Xさんに今何が起こっているのかを観察・洞察することから始めます。
「2階はどこ?エレベーターはどこ?」
この言葉には
Xさんの混乱も能力も反映されています。
Xさんは何か用事があって2階に行きたがっている。
その2階に行くにはどうしたら良いか、道順を尋ねている。
これだけ広いスペースがあるのだから、きっとエレベーターがあるはず。
あ、職員らしき人がいるから聞いてみよう。
たぶん、このような思考過程を経て冒頭の言葉の発言となったのだと思います。
つまり
今いるこの場所と以前にいたどこかの場所とを混同している(場の見当識障害)
「広いスペース→エレベーター」(視覚的理解→状況推測力がある)
誰でもいいわけではなく職員に尋ねる(人物の見当識が一部保持)
このような時には
「2階に行きたいんですね?」
「2階のどちらに行きたいんでしょうか?」
「2階にどんな御用でしょうか?」
と尋ね直します。
するとXさんは
「部屋に行って上着をとってこようと思って」と答えました。
あぁ、そうか!と思い
「それではお部屋までご案内します。」と
お部屋に誘導してXさんは上着を着るという目的を達成し
「どうもありがとう」と言われ、怒ることは無くなりました。
ここでXさんのもう一つの障害が明らかになりました。
視空間認知障害があるということです。
Xさんは普段なら、自室と食堂を迷わずに行き来することができますが
週に2回しか入らないお風呂場と自室との位置関係がわからなかったのです。
さらに場の見当識障害が加わって
状況推測力があるからこそエレベーターという結果として余分な表現になり
コミュニケーションの行き違いのような形になってしまったのだ。
認知症のある方はこのように
手段を尋ねることがよくあります。
その時に表面的に答えても、往々にして困りごとは解決されません。
「2階はどこ?」という手段で尋ねられたら
「2階のどちらに?」「2階の御用は?」と本来の目的を尋ね直します。
そうすることで行き違いなく、本当にしたいこと
Xさんの場合には
2階に行きたいのではなく
自分の部屋から上着をとってきたい
を明確化することが可能となります。
「2階に行く」のはXさんにとっての手段であり
本当の目的は「上着が欲しい」ということです。
本当の困難は「自分の部屋がわからない」です。
手段で尋ねられたら目的を尋ね直す
ことによって、視空間認知障害が明らかになったケースです。
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