口腔ケアを拒否する方への対応

認知症のある方に
口腔ケアをしたくても、口を開けてもらえなかったり、嫌がられてしまったりして
どうしたら良いのか困ってしまうことも多々あるようです。
無理やり介助して指を噛まれてしまったり
意思尊重という名目で口腔ケアを疎かにしてしまうことに疑問を抱いても
じゃあ、どうしたら良いのかわからないと
対象者の方に申し訳ないし、自分自身も辛くなってしまうと思います。

現場あるあるで案外自覚されていないこちら側の介助の仕方に問題がある場合についてご説明します。これはもう今すぐにでも改善できてしかも効果がすぐに現れます。
それは、「歯磨きをしましょう」という声かけは確かにしているけれども
声かけと同時に既に歯ブラシを口の中、しかも奥歯のあたりに突っ込んでいるという介助の仕方です。
これでは拒否されて当然だと思います。
忙しいのはわかりますが、そんなやり方をしていたらかえって時間も手間もかかりますし、
認知症のある方も嫌な思いをするし、職員だって何も良いことがありません。
  
認知症のある方に関わるどの職種も今は本当に忙しいです。
余裕を持って働けている人などいないと思います。
余裕がないと口腔ケアっておざなりにされがちなケアでもあります。
しないことによるデメリットが直後に目に見える形では現れにくいからです。

だからといって、口腔ケアをしないことやぞんざいな方法でケアをすることはとても肯定できません。

問題は、認知症のある方への対応全般が「優しく・否定しない」などといった心理的な接遇面に偏っていて、実際の現場での困りごとと乖離していることにあると考えています。
言語理解力が低下している認知症のある方も大勢いますが
BPSDがないとそれらの認知機能障害について見落とされてしまうことがあります。
認知症のある方の状態像を的確に把握できないために適切な対応ができずに
結果として認知症のある方の生活障害を改善できないでいるとしたら
まず、すべきことは認知症のある方の状態像を把握することなのです。
そして、認知症のある方の状態像を把握するためには、まずこちらが適切な対応ができることが必須です。

多くの人が疎かにしている、でも、実際にとても重要なことは
口腔ケアをする前にきちんと正面から認知症のある方の名前を呼んでアイコンタクトをとることです。
この時の口調と表情も重要です。
口調がキツければ、受け取る側が身構えて当然です。
穏やかな口調で名前を呼びかけます。
この時にマスクをしているからといって自身の表情に気をつけない人もいますが
マスクをしていても、ニッコリと笑顔で呼びかけましょう。
「あなたに用事があるけれど、悪い用事ではない」
ということを自身の声のトーンと表情で伝えるのです。

アイコンタクトがとれたら
歯ブラシを目の前に提示します。
歯ブラシを見たことを確認してから
歯ブラシを横に動かすジェスチャーをしながら「歯磨き」と言います。

ここで大切なことは順序です。

認知症のある方は、生きている限り能力を発揮しています。
私たちの声かけや動作介助は本来は
認知症のある方の周囲の感受・認識・対応といった一連の過程を援助するものだからです。
 
歯ブラシを提示し目で見てもらうことで
認知症のある方の視覚的理解力に働きかけます。
私たちには周囲のたくさんの対象がある中から無意識に注意を選択し、注意を向けることができているので気がつきにくいものですが
認知症のある方だって周囲の多数の対象を目で見ています。
最初に声かけという聴覚情報だけを提示すると多数の対象の「何」に注意を向けて良いのかわからないこともあります。
だから、まず最初に注意を歯ブラシに「だけ」向けやすいように、歯ブラシを提示するのです。
これだけで「あぁ、歯ブラシだ→歯磨きするのかな?」と認識できる方も大勢いますが、そうでない方もいます。

だから、次に目で見てもらった歯ブラシが「何をするものであるか」ということを
横に動かすジェスチャーをすることで、視覚的情報で再認(目で見ることで思い出す)を促します。
さらに、聴覚情報という声かけで「歯磨き」をするものだということを伝えます。
ここまでの関与で開口に協力していただける方も大勢います。

一方で、まだ開口できない方もいます。
そのような方には、体験を通して思い出すことを促すために
嫌がられない範囲で、見えている歯をブラッシングしていきます。
最初は、下の前歯だけブラッシングするとだんだんと歯ブラシを奥に向かって動かせることを感じるようになります。
「歯を磨くとお口の中がスッキリします」と感覚に働きかける声かけをしながらブラッシングを続けると奥歯の上まで磨けるようになります。
奥歯の上側を磨けるということはかなり口を開けられるようになっていることを意味します。
すると、歯の裏側や上の歯までブラッシングしている間、こちらが何もしなくても開口保持してくださるというのは、とてもよくあることです。
そうなったら「そうです。そのまま口を開けていてください。」「ありがとうございます。そのままお願いします。」などという声かけをします。

つまり
認知症のある方が口腔ケアに協力してくれない という問題設定をしてどうしたら良いのか
と考えるのではなくて
認知症のある方に口腔ケアをするのだ ということをどうしたら伝えることができるのか
という問題設定をした上で
どういう感覚情報を提供したら感受しやすいのか、認識しやすいのか
ということを介助という体験を提供しながら観察することで情報を収集し
同時に収集した情報に基づいて提供する体験を変更していく という関与が必要なのです。

もっとはっきりいうと
認知症のある方の問題ではなくて、関与する私たちの対応の問題だということだと考えています。
そして、私たちの対応の問題だということを自覚し、事実に基づいた改善提案をできる人が
今まで少なかったことが最も大きな問題だと考えています。

それは、一つには私たちが養成過程において(あるいは自身の成長成熟の過程において)
課題解決として、ハウツーの当てはめばかり教わってきたということ
考える過程において、根拠とすべきは目の前にいる認知症のある方の言動に反映されている能力と障害にあるということを教えてもらってきていないこと
つまり、教える立場にいる人がハウツーで課題解決をしてきたからそれ以外の方法を教えることができない。そして学ぶ立場にいる人もハウツーで課題解決することしかしてこなかったから疑問を抱くことができないという本質的な問題が認知症のある方への対応困難というカタチで立ち現れているの
だと考えています。

問題の本質は非常に根深いものがあると感じていますが
科学は過去の知識の修正の上に成り立つ学問です。
きっとこれから先、未来において、認知症のある方への対応も修正されていくものと確信しています。
憚りながら、私のこのサイトや著書やその他論文や講演で言語化していることと臨床現場での実践が
一石を投じ、修正の一助になるであろうことを内心誇りに思っています。



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