疎通困難な方へのリハ:ひも三つ編み


他者との交流を楽しむよりも
対象に向き合うことを好むような方には
ひも三つ編みを提供します。


100均でも売っている、スズランテープを3色用意します。
最初は、私が編む反対側(ひもの編み始めの部分)を持っていただきます。
すると、ちゃんと私の編む力に応じて、ひもの引っ張り加減を調整してくれるのです!

重度の認知症のある方でも
触覚や運動覚は保たれていることが多いので
保たれている感覚刺激を活用します。

硬い表情で、関与に拒否しがちな方がちゃんと引っ張り加減を調整してくれている、
こちらの変化に応じて調整してくれている
私がわざと強く引っ張って持ち手が抜けそうになった時に
思わず笑顔になられた方の、その笑顔の晴れやかさ。
二人で笑い合ったことを覚えています。

場合によっては
その後に、三つ編みをすることができる、思い出せる方もたくさんいます。
かつて、ご自身や娘さんの髪の毛を三つ編みに編んだり
草履を縄で編んだりしていた方の場合、手続き記憶として残っていることが多々あります。

ただし、この時にポイントがあります。

三つ編みをする時に
どのひもをもち、どこへ動かすのか、非常に混乱しやすくわかりにくいのです。
そこで、ポイントは3つあります。
   
1)3色使う
3色使うことで、どのひもを持つのか明確になりますし
声かけする時にも「〇〇色のひもを持って」と明確な声かけができます。
これが1色だけだと「右端のひもを持って」という相対的な位置関係を示す言葉を使わなくてはなりませんが、そのような声かけは理解するのが難しい場合もあるからです。

2)最初はひもの長さを短くする
ひもの長さが長いと、ひもを動かす時に
からまりやすくなってしまいますし、多数のひもが見えて、どのひもがどの部分なのかが
わかりにくくて混乱や不安のもとになるからです。

3)短めのひもをあらかじめ複数用意しておく
1つ三つ編みを仕上げてから、次の三つ編みの準備を始めると
「待つ」という時間干渉によって、せっかく不安なくできた動作も忘れてしまい
「できた」という体験の蓄積ができず、1からやり直すことになってしまいます。
「できた」という体験の後にすぐにもう一つ「できた」体験ができるような場面設定をしておくと
成功体験の蓄積が可能となり、手続き記憶を思い出しやすくなり、
長めのひもでもスムーズに編むことができるようになります。


出来上がった三つ編みは
上の写真のように、空き缶の周りに貼り付けると
多少の編み目の不揃いさがあっても、かえって良い味わいとして見えるものですし
玉のれん(若い人は知らないかもしれませんが、昭和の時代には家庭に必ずぶら下がっていたものです。検索してみてください。)のように飾りつけても懐かしがっていただけると思います。

ここで強調しておきたいことがあります。
Activityを提供する時に
「私も一緒にやるから大丈夫」という言葉は使わないようにしましょう。

構成障害があるか、その恐れがある方に対して「私と一緒にやるから大丈夫」という言葉は禁句です。
構成障害とは、その定義上、見比べることの障害なので
職員のやり方を模倣することは困難です。
ところが、認知症=忘れてしまう という認識しか持っていないと
職員が構成障害への配慮がされず適切な関与ができていないのに
認知症のある方が「やろうとしない」「いうことを聞いてくれない」などと
認知症のある方の問題にすり替えてしまう人も出てきます。

認知症のある方は、そもそも暮らしの困難を抱えています。
楽しみであるはずの余暇時間なのに、わざわざ困難に直面させ、困惑体験や失敗体験をさせる必要はありません。
ところが、たとえ善意からであったとしても
提供する側の職員の知識のなさから
職員側の問題を自覚しにくいという表面化していない、でも、根深い問題があると感じています。
この問題については別の記事で書いていきます。

職員のやり方を見て模倣しなくても
三つ編みができるように場面設定に配慮することが重要です。

ひもの引っ張り加減の調整ができて
いったんは、三つ編みができても
やっているうちに混乱してしまったら
もう一度、編み始めの部分を持っていただき、引っ張り加減の調整をすることを体験していただいてから、再度短めのひもで編むことに挑戦していただくとスムーズに編めることもよくあります。
混乱したら、混乱なくできる一つ前の工程に戻るということも、
認知症のある方にActivityを提供する時の大切な基本です。

疎通困難な方へのリハ:手遊び


疎通困難な方でも
まったく通じないという方に出会ったことはありません。
何かしらの方法で理解していただけます。

言葉でのやりとりが難しかったとしても
認知症のある方は、常に周囲の状況を感受し認識しているからです。
そして、私たちの関与が本当に援助なのか、援助という名の強制なのかを感受しているからです。

援助と強制のすり替えは
無意識にリハやケアの現場で起こっています。
このすり替えは、単に業務多忙が理由ではなく
そもそも対人援助職そのものが内包する課題でもあるからです。
このことは拙著でも記しましたが、別の記事できちんと書いていきたいと思っています。

言葉でのやりとりが困難な方に
言葉でやりとりするように促すのではなく
言葉でのやりとりが困難なままでも
対象に適切に対応することや他者との交流体験を提供することであり
その過程において、失敗しない・困惑しないという成功体験を蓄積することが大切です。

言葉でのやりとりが困難でも他者との交流を楽しまれる方には、手遊びをします。
例えば、認知症のある方と向き合い「茶摘み」を歌いながら手を合わせます。
🎵夏も近づく八十八夜と歌いながら自身の手と認知症のある方の手を合わせていきます。
この時に、お互いが相手とのタイミングを合わせようとすることができないと
手と手が途中でぶつかってしまったり重なってしまったりして動作が止まってしまいます。
また、一節歌って次の節を歌い始めるタイミングも合わせる必要があります。
このタイミングを手と歌声の両方で揃えなければなりません。
言葉ではない、非言語的な「相手の認識」と「相手と呼吸を合わせる」というコミュニケーションが求められます。

言葉でのやりとりが困難でも
タイミングを合わせようとする方、見事にタイミングを合わせられる方、調節しようとする方はたくさんいます。
ズレてしまった時に「あ、ごめんなさい。」と発言されることもあります。

ちゃんとわかっている!

今、何をすべきで、自分ができたかできないか

手遊びの速さを少しずつ早くしても
ちゃんと速さに合わせて手の動きと歌声を早くすることができる方もいます。

このような、非言語でのやりとりを繰り返すことで
疎通困難さが完全に解消されることはなくても
日々の暮らしのちょっとした場面で適切な言葉がスッと出てくることが増えてきます。
「どうぞ、おかけください。」
「はい、待ってます。」
別の職員が冗談で「尻隠して頭隠さず」と言ったら
「あら、それ違うわよ。頭隠して尻隠さずよ。」と即答されたこともあり感動しました。

ただし、誰もが他者との交流を楽しむわけではありません。
疎通困難でも良好でも、他者との交流を楽しまれる方もそうでない方もいます。
「何をするか」を選択する際に、私が重要視しているのは、その方の特性です。
自身で対象に向き合うことを楽しまれる方にぴったりなのが
ひも三つ編み です。
次の記事で、何がどんな風に良いのか、どんな風に行うのかをご説明します。

本の紹介:セルフ書評


自分で書いた本を自分で書評してみます (^^;

この本の画期的なところは
1)現行の方法論の問題点について明確化・言語化している
2)問題点を踏まえて改善提案をしている
3)表面的な方法だけでなく、応用・一般化できるように思考過程を明確に提示している
4)上記を理解しやすいように、事例をもとに説明している

認知症のある方への対応について、現状は
・総論や理想論を熱意を持って語るが、具現化の術についての言及がない
・こんな時にはこんな風にするといいよ、というハウツー手法の言及にとどまっている
といったところではないでしょうか。

どんなに優しく、否定せずに、接しても
それだけでは効果がないことは、本当に実践してみた人はわかっているはずです。
現行不一致で平気な人は、悩むことがないのでしょうが
真摯な人ほど、おかしいことに気がつきます。
ところが、周囲にそのおかしさを自覚できる人が少ないと
自分が未熟なだけなのか?と疑問を感じ、自分を責めるようになります。
努力が足りないのではなく、努力の方向性が違右だけなのです。

認知症は脳の病気だから

一部の人は、現行の常識とされている対応に疑問を抱きますが
どこがどうおかしいのか、言語化はできないので他の人と共有することが難しくなります。
はっきりとおかしいと感じることができても
改善提案ができる人は限られます。
その改善提案も、単にAさんにやってみたら良かっただけではなくて
Aさんは〇〇という状態だから△という能力を発揮できるように⬜︎という環境調整をした
まで明確化できる人はさらに少なくなります。
そして、Aさんへの対応、Bさんへの対応、Cさんへの対応を踏まえて
それらを抽象化一般化して考え方の道筋を明確化できる人は、もっと少なくなります。
正直にいって、非常に少ないと言えるでしょう。
そこまでを言語化しているのが、この本です。

この本は、いわば未来を先取りしています。

この本を手にとっても、単に表面的にハウツーだけを読み取られてしまうかもしれませんが
少数の人は、確実に本の中で問題提起を読み取ってくださり、
自身の実践をブラッシュアップさせてくださっています。
そこから、世界が変わっていきます。
「こういう本を待っていた!」
「めちゃめちゃ刺さった(内容)」というご感想をいただいています。

NHKのEテレ きょうの健康
「認知症新時代 診断後も社会と共に生きる」
https://one.nhk/www.web.nhk/tv/pl/editorial-tep-WB1IMJLHBE/ep/Z29KG9I41D
という番組で紹介された、洗濯機の使い方は
私が10年以上前から各種研修会やセミナーで提案してきたことです。
私の実践と提案が10年以上経って公共放送で紹介されるのは、感慨深いものがありました。

私が30年以上前から提唱してきた、
生活期にある方の食事介助において、スプーン操作が大事ということも
スプーンテクニックという言葉と共に、今はずいぶん広まってきているのと同じように
家電製品の使い方のアイデアもこれからきっともっと広まっていくでしょう。
そして、この本で提唱していることも
今はまだ知る人ぞ知るくらいしか、伝わっていなかったとしても、
本当に革新的な内容なので、確実に後世に伝わって残っていくことを確信しています。

現行の方法論に漠然とした違和感を抱いていている人や
今、本当に困っている人
必要な人に届いてほしいと願っています。
あなたが悪いんじゃない。
努力の方向性が違っていただけで、こちらの方向で努力すれば今までとは違う現実を目の当たりにすることができると伝えたい。

疎通困難な方への対応


疎通困難な方に対応していると
だんだんと疎通が改善されることはよくあります。

ポイントは、言葉に頼らない。
言葉以外の非言語的理解を確認しながら
自身の非言語的表出をコントロールするということと
要所で明確で端的な言葉を使うということです。

そして疎通困難な方の移乗やトイレ介助、入浴場面などで
声かけをしても理解できないとすぐに動作介助をしてしまいがちですが
声かけをして理解できない方には、視覚的な情報を提供することがポイントとなります。
この時に、認知症のある方がこちらが指し示したところを見てくれたかどうかを確認しながら
次へ進むことが重要ですが、案外現場ではこの部分が抜け落ちています。。。

介助が身体を通したコミュニケーションではなく
〇〇させる、ことになってしまっています。
食事介助にしろ、移乗介助にしろ、口腔ケアにしろ
認知症のある方が〇〇するのを援助する のではなくて〇〇させてしまっている。
当然、そこに拒否が生じます。
すると、介護拒否というレッテルを貼られて悪循環に陥ってしまう。。。

本当にもったいない。
次からの記事で具体的に
現場あるあるの改善提案について書いていきます。

口腔ケアを拒否する方への対応

認知症のある方に
口腔ケアをしたくても、口を開けてもらえなかったり、嫌がられてしまったりして
どうしたら良いのか困ってしまうことも多々あるようです。
無理やり介助して指を噛まれてしまったり
意思尊重という名目で口腔ケアを疎かにしてしまうことに疑問を抱いても
じゃあ、どうしたら良いのかわからないと
対象者の方に申し訳ないし、自分自身も辛くなってしまうと思います。

現場あるあるで案外自覚されていないこちら側の介助の仕方に問題がある場合についてご説明します。これはもう今すぐにでも改善できてしかも効果がすぐに現れます。
それは、「歯磨きをしましょう」という声かけは確かにしているけれども
声かけと同時に既に歯ブラシを口の中、しかも奥歯のあたりに突っ込んでいるという介助の仕方です。
これでは拒否されて当然だと思います。
忙しいのはわかりますが、そんなやり方をしていたらかえって時間も手間もかかりますし、
認知症のある方も嫌な思いをするし、職員だって何も良いことがありません。
  
認知症のある方に関わるどの職種も今は本当に忙しいです。
余裕を持って働けている人などいないと思います。
余裕がないと口腔ケアっておざなりにされがちなケアでもあります。
しないことによるデメリットが直後に目に見える形では現れにくいからです。

だからといって、口腔ケアをしないことやぞんざいな方法でケアをすることはとても肯定できません。

問題は、認知症のある方への対応全般が「優しく・否定しない」などといった心理的な接遇面に偏っていて、実際の現場での困りごとと乖離していることにあると考えています。
言語理解力が低下している認知症のある方も大勢いますが
BPSDがないとそれらの認知機能障害について見落とされてしまうことがあります。
認知症のある方の状態像を的確に把握できないために適切な対応ができずに
結果として認知症のある方の生活障害を改善できないでいるとしたら
まず、すべきことは認知症のある方の状態像を把握することなのです。
そして、認知症のある方の状態像を把握するためには、まずこちらが適切な対応ができることが必須です。

多くの人が疎かにしている、でも、実際にとても重要なことは
口腔ケアをする前にきちんと正面から認知症のある方の名前を呼んでアイコンタクトをとることです。
この時の口調と表情も重要です。
口調がキツければ、受け取る側が身構えて当然です。
穏やかな口調で名前を呼びかけます。
この時にマスクをしているからといって自身の表情に気をつけない人もいますが
マスクをしていても、ニッコリと笑顔で呼びかけましょう。
「あなたに用事があるけれど、悪い用事ではない」
ということを自身の声のトーンと表情で伝えるのです。

アイコンタクトがとれたら
歯ブラシを目の前に提示します。
歯ブラシを見たことを確認してから
歯ブラシを横に動かすジェスチャーをしながら「歯磨き」と言います。

ここで大切なことは順序です。

認知症のある方は、生きている限り能力を発揮しています。
私たちの声かけや動作介助は本来は
認知症のある方の周囲の感受・認識・対応といった一連の過程を援助するものだからです。
 
歯ブラシを提示し目で見てもらうことで
認知症のある方の視覚的理解力に働きかけます。
私たちには周囲のたくさんの対象がある中から無意識に注意を選択し、注意を向けることができているので気がつきにくいものですが
認知症のある方だって周囲の多数の対象を目で見ています。
最初に声かけという聴覚情報だけを提示すると多数の対象の「何」に注意を向けて良いのかわからないこともあります。
だから、まず最初に注意を歯ブラシに「だけ」向けやすいように、歯ブラシを提示するのです。
これだけで「あぁ、歯ブラシだ→歯磨きするのかな?」と認識できる方も大勢いますが、そうでない方もいます。

だから、次に目で見てもらった歯ブラシが「何をするものであるか」ということを
横に動かすジェスチャーをすることで、視覚的情報で再認(目で見ることで思い出す)を促します。
さらに、聴覚情報という声かけで「歯磨き」をするものだということを伝えます。
ここまでの関与で開口に協力していただける方も大勢います。

一方で、まだ開口できない方もいます。
そのような方には、体験を通して思い出すことを促すために
嫌がられない範囲で、見えている歯をブラッシングしていきます。
最初は、下の前歯だけブラッシングするとだんだんと歯ブラシを奥に向かって動かせることを感じるようになります。
「歯を磨くとお口の中がスッキリします」と感覚に働きかける声かけをしながらブラッシングを続けると奥歯の上まで磨けるようになります。
奥歯の上側を磨けるということはかなり口を開けられるようになっていることを意味します。
すると、歯の裏側や上の歯までブラッシングしている間、こちらが何もしなくても開口保持してくださるというのは、とてもよくあることです。
そうなったら「そうです。そのまま口を開けていてください。」「ありがとうございます。そのままお願いします。」などという声かけをします。

つまり
認知症のある方が口腔ケアに協力してくれない という問題設定をしてどうしたら良いのか
と考えるのではなくて
認知症のある方に口腔ケアをするのだ ということをどうしたら伝えることができるのか
という問題設定をした上で
どういう感覚情報を提供したら感受しやすいのか、認識しやすいのか
ということを介助という体験を提供しながら観察することで情報を収集し
同時に収集した情報に基づいて提供する体験を変更していく という関与が必要なのです。

もっとはっきりいうと
認知症のある方の問題ではなくて、関与する私たちの対応の問題だということだと考えています。
そして、私たちの対応の問題だということを自覚し、事実に基づいた改善提案をできる人が
今まで少なかったことが最も大きな問題だと考えています。

それは、一つには私たちが養成過程において(あるいは自身の成長成熟の過程において)
課題解決として、ハウツーの当てはめばかり教わってきたということ
考える過程において、根拠とすべきは目の前にいる認知症のある方の言動に反映されている能力と障害にあるということを教えてもらってきていないこと
つまり、教える立場にいる人がハウツーで課題解決をしてきたからそれ以外の方法を教えることができない。そして学ぶ立場にいる人もハウツーで課題解決することしかしてこなかったから疑問を抱くことができないという本質的な問題が認知症のある方への対応困難というカタチで立ち現れているの
だと考えています。

問題の本質は非常に根深いものがあると感じていますが
科学は過去の知識の修正の上に成り立つ学問です。
きっとこれから先、未来において、認知症のある方への対応も修正されていくものと確信しています。
憚りながら、私のこのサイトや著書やその他論文や講演で言語化していることと臨床現場での実践が
一石を投じ、修正の一助になるであろうことを内心誇りに思っています。



Medical MARKSTARさんのオンラインセミナー開催のご案内


2026年10月1日(木)19:00~21:00と
10月15日(金)19:00~21:00に
Medical MARKSTARさん主催のオンラインセミナーが開催されます。

詳細とお申込は こちら からどうぞ。

DCゼミ第14会勉強会開催のご案内


2026年10月31日(土)19:00〜20:30に
(誤って別日で掲載していましたが、正しくはこちらの日時です。申し訳ありませんでした。)
おだわら市民交流センターUMECOの第7会議室にて
第14回DCゼミ勉強会を開催いたします。
テーマは「意思疎通困難な方への対応」について
参加費は500円
事前申込制です。
お申込は こちら から。
お問い合わせは こちら へお願いします。

SDATアルツハイマー型認知症のある方であっても
言語理解力が低下することは、よくあることです。

接遇の面から
丁寧な説明を心がけているだけだと
かえって「何を」「どうする」のかを伝えることができない
ということは多々あります。

敬語というのは
どうしても表現する言葉の数が多く(長く)なりがちですし
婉曲な表現も多いからです。

敬意を表しようとすることは悪いことではありませんが
最優先は認知症のある方の日々の暮らしの困難を少なくすることです。
良かれと思って敬語を使ったのに、かえって混乱させてしまった
という体験をしている人はきっと少なくないはずなんです。
(敬意の表現の仕方については別の記事で書いていきます)

じゃあ、どうしたら良いのか

言語理解力が低下したとしても
声かけの工夫によって理解できることは増えてきます。
詳細は、当サイトの「声かけの工夫さまざま」 をご参照ください。

今回は、認知症のある方が周囲の状況を感受・認識する際に使っている
声かけという聴覚情報以外の感覚情報の提示の仕方の工夫についてや
意思疎通困難な方にどうリハやケアを提供していくかに加えて
バリデーションの紹介もちょこっとですが行います。

対応の工夫について
「ちゃんと説明する」の「ちゃんと」がどういうことなのか
誰にとっての「ちゃんと」なのか
再考できるきっかけになると思います。

「これからの精神保険医療福祉を考える会院内集会」開催のお知らせ

    

まだ、ご参加いただけるそうです。
ご興味のある方はぜひご参加ください。

「精神看護9月号 今月の5冊」で紹介


医書.jpでご覧いただけます。
https://webview.isho.jp/journal/detail/pdf/10.11477/mf.134327610290050433

「精神看護」編集室ご担当者様
取り上げてくださり、どうもありがとうございますm(_ _)m

結果を引き起こしている必然を把握する 3


口腔ケアを拒否する方もいます。

すると
言葉で丁寧に説明したり
明るく元気よく声かけしたり
下手に出るようにお願いをしてみたり
それでもダメだと口腔ケアを無理やり行ったり
口腔ケアすることを諦めてしまう。。。
というパターンが多いようです。

口腔ケアをしようと
関わり方を工夫してはいますが
それは誰にとっての工夫でしょうか?

認知症のある方に接する職員で多いパターンが
認知症のある方が環境把握しようとしている
ということを見落としているというケースです。

心のどこかで
認知症=何もわからない=やってあげる
と思っているのではないかと思います。

認知症のある方の言動をよく観察すれば
認知症のある方が周囲を把握しようとし、対応しようとしていることに気がつけます。

だとしたら
周囲を把握するチカラを助ければ良いだけだし
どう対応したら良いのかということを
声かけという認知症のある方にとっての聴覚情報だけでなく
他の情報も添えて提供するだけです。

案外、疎かにされがちで
でも、最も大切なことは、まずアイコンタクトをとることです。
アイコンタクトをとる時には
笑顔で
穏やかな口調で
相手の名前を呼びかけます。

ここで大事なことは、口調です。
急いていると、つい口調も気忙しくなってしまうものですが
口調に反映されてしまうこちらの感情に対して
認知症のある方が反応しているということはよくあることです。
自身の口調、声のトーンをコントロールできるように
穏やかな口調で呼びかけるようにしましょう。

次に
歯ブラシを見せて相手が歯ブラシを見たことを確認します。
視覚情報を提示して、相手の視覚的理解力に働きかけます。
歯ブラシを見たことを確認してから
「歯磨き」と言って歯ブラシを横に動かします。
ジェスチャーという視覚情報を提示することで
「これから歯磨きをする」ということを伝えます。
そうすると、開口してくださる方はとても多いものです。

ここで大切なことは順番です。
相手が見る、つまり視覚的理解力を発揮したということを確認してから声かけする
その声かけは端的明確に単語中心に声かけをします。
相手が環境を感受するのが先
その感受を補うのが声かけという聴覚情報であり
歯ブラシを横に動かすジェスチャーという視覚情報を提示することなのです。

視覚的理解力が困難な場合には
触覚情報を提供します。
歯ブラシの先で優しく口唇をちょんちょんと触ります。
そして「歯磨き」と声をかけます。

介助する時に声掛けを丁寧に行うのは良いことですが
問題は、目の前にいる方がどのような声かけであれば理解できるかを
こちらが把握できていることです。
声かけの理解が難しそうという判断ができれば
声かけという聴覚情報の提供ではなく
視覚や触覚といった他の情報も添えて働きかけます。

声かけという、聴覚情報にこだわるのではなく
目の前にいる方が理解しやすい感覚情報を提供しましょう。

決して
相手の反応を確認もせず
「歯磨きしますよ〜」と声をかけながら
既に歯ブラシは口の中ということのないようにしたいものです。