「認知症のある方の能力を活かす」刊行決定!


ここ数年、なんだかんだと苦闘していた、
認知症のある方への対応の工夫についての本
「認知症のある方の能力を活かす 事例から読み解く対応の工夫」が
4月中旬〜下旬頃に_三輪書店_さんから刊行される予定となりました!

かつて、本当に困っていた若き日の自分が
あったらいいなと思う内容をまとめてあります。

メインの読者としては
私は作業療法士として仕事をしていますので
やはり、作業療法士の人には読んでほしいなと思いますが
作業療法士でなくても、理学療法士や言語聴覚士の人
ケアマネージャーや介護職の人や看護師や相談業務に従事している人
もちろんご家族の方にもきっとお役に立てるんじゃないかなと思います。

国は「新しい認知症観を」と普及啓発事業を進めています。
確かに、認知症だから何もできないわけじゃないし
認知症になってもできることはたくさんあるけれど
私はさらにもう一歩推し進めて
たとえできなくなったり困ったりしたとしても
その中にも「できる」要素があるのだと
困りごとの中にこそ改善・解決のヒントがあるのだと
だからこそ、対応の工夫・声掛けなどの人的環境も含めた環境調整の意義があるのだと伝えたい。

個々の実践の集積はあったとしても
理念の具現化とは違う側面で為されていることもあったり
理念と個々の実践を結びつける考え方は示されていないことが多いのが実情ではないでしょうか。

事実に向き合い、事実から学ぶ
わからないこと、できないことを受け入れつつも諦めないで向き合い続ける

当たり前の臨床姿勢こそ、常に在り続けることは難しいものですが
その大切さを日々実感しています。

この本の表紙の画像を見せていただいた時に
「これこそ私が願っていた本だ!」と感じました。
私がよく引き合いに出す言葉に
スティーブ・ジョブズの
「人は形にして見せてもらうまで何がほしいのかわからないものだ」
という言葉がありますが、まさしくその言葉を体験した瞬間でした。
暖かくて優しい雰囲気で
多様性を感じさせつつ、
混沌とした現実の中に能力があり、能力が合理的に発揮されるイメージ
バトンの受け渡しのイラストからも私の必死さが滲み出ているようで大好きです。

私の作業療法士としての集大成がこの本であり
認知症のある方とご家族の困難が少しでも少なくなるように
そのために対人援助職の人たちに本当に必要な内容が詰まっていると思います。
これから先の未来に若い人たちの手によってその内容を再構築してもらえるようにと願っています。

本という形になって結実したのは
私の意図を表紙に具現化してくださったデザイナーの方や
的確な文章表現のためにご尽力くださった校正担当の方
そして何よりもいつも丁寧に明確に橋渡しをしてくださった編集室のMさんとTさんのおかげです。
心から感謝申し上げます。

若き日の自分は本当に何もわかっていませんでした。
今だって学ぶべきことは多々あるし
わかっていないことやできないことがどれだけあるのだろうか見当もつきません。
そんな中でも明確にできた部分もあると思います。
それは、今まで私が出会ってきたたくさんの認知症のある方のおかげです。
深く感謝申し上げます。

発売開始まで、今しばらくお待ちください。



「変化に弱い?こだわりがある?」


認知症のある方の中には
「変化に弱い」「こだわりが強い」
という理由で、こちらの提案を受け入れていただけないケースもあると思います。

転倒・転落予防策を実行したいと思っても
「でも変化に弱いから」
「こだわりがあるから環境を変えることを了承してもらえない」
という意見が出て結局有効な手立てが打てないこともあるのではないでしょうか。

でも、本当に?

「変化に弱い」「こだわりが強い」方も確かにいるでしょう。
ただし、そう言われている方の中に
何を提案されたのか、理解できなくて「嫌」「そんなことしなくていい」と
言っている方も確実に含まれていることはお伝えしたいと思います。

たいていの人は
言葉だけで提案しようとします。
提案する職員は、イメージを持って言葉で伝えているのですが
認知症があると、その言葉が意味しているイメージを抱けない
ということもよくあります。

再生と再認を説明する時によく事例として紹介していますが
「あなたの好きな岡晴夫の歌を聴くために、リハビリ室に行きましょう」
と声をかけると「嫌よ、私、そんなところに行かないわ」と拒否されますが
リハビリ室までご案内すると「あぁ、ここね、ここなら昨日来たわ」と言って
ノリノリで岡晴夫の歌を視聴され口ずさんだりします。
この場合は、聴覚情報(リハビリ室という言葉)では
実際のリハビリ室をイメージすることができないけれど
リハビリ室のドアを開けて実際の場所を見るという視覚情報によって
昨日来たことがある、という体験を思い出せるということを意味しています。
「嫌よ」と言って拒否したけれど
岡晴夫の歌を聞くのが嫌だったのではなく
よくわからない場所に連れて行かれるのが嫌だったということなのです。
ところが、職員は、リハビリ室という言葉から実際のリハビリ室をイメージすることが
当然のようにできるので、認知症のある方がイメージできないということを推測できにくく
配慮ができない、あるいは、「岡晴夫が好きって言ってたけど私が聞いたら嫌がったわよ」
と事実誤認をしてしまったりするのです。

また、今使っているスプーン以外に変更することをすごく嫌がる
と言われている場合もありますが
「そのスプーンだと使いにくそうだから、スプーンを変えても良い?」
と言われても、どんなスプーンになるのか想像もできなければ
躊躇したり拒否しても当然だと思います。
ましてや、今までにスプーンのために食べたくてもうまく食べられない経験をしてきたとしたら
余計にそうなると思います。

ポイントは
理解しやすいように、声かけの内容を「見える化」する
ところにあります。

先のスプーンの場合だと
実際に変更したいスプーンの実物を見ていただく
その時に
「お試しで1回だけ使ってみて」
「使いにくかったら今まで通りの元のスプーンに戻すから」
という言葉も添えるようにしています。

   ただ、この場合も気をつけないといけないケースもあって
   神経症的な傾向のある認知症の方の場合に
   明らかに食べこぼしが減って操作も楽になっているのに
   「使いにくい」と言明する人もいたりします。
   そういう時には、「食べこぼしが〇〇くらいだったのが、△△になった」という
   事実を明確に伝えるか
   変更の前後でビデオを撮って見比べてもらったりしてから説明したりします。

どんなに優しく親切に丁寧に説明しても
説明手段が言葉である限り、認知症のある方は実は理解できていないこともある。
「言葉」を下支えしている「イメージ」の共有ができていないことを
職員が気がつかないこともあるのです。
(が、職員は自身が良かれと思ってやっていることなので方法論に問題があると認識しにくい)
理解できない結果として「拒否⇨変化に弱い」「拒否⇨こだわりがある」という表れになり
その結果としての表れだけにとらわれて、現実的な改善案を提案できずにいる。。。

本当の困難は
「聴覚情報で提示されても理解しにくい」ということなのに
そこだけを切り取って「理解力低下」とされがちですが、そうではなくて
「視覚情報(文字、実物)で提示されれば理解できる」のです。
そういう方は本当に多いものです。
そして、そのことを自覚できていない職員も本当に多いものです。。。

さらには
こちらの提案を全て却下していたわけではなくて
提案した対応が不適切だったから却下していた、(これは当然のことです)
その提案の不適切さを自覚できないというケースも少なくなくて
適切な提案であれば、ちゃんと受け入れてくださる
新たな環境や突発的な予定でも対応できるのだ
ということも多々あります。。。

つまり
「変化に弱い」「こだわりが強い」
と言われている方たちのすべてが対応困難というわけではない
「変化に弱い」「こだわりが強い」という結果に反映されている本当の困難を見出し
今よりも良い結果を生み出せるような適切な提案をできること
この2点は実は私たちの側の問題なのだと自覚することが大切です。
今までは、このような視点を持つことができなかったから認識できなかった
でも、認識することができれば問題を的確に把握することができるようになり
改善していく可能性が高い
それは、認知症のある方にとっても、私たち職員の側にとっても
伸びしろであり、希望でもあるのだと考えています。

昔の手遊び


意味性認知症のある方など疎通困難な方に対して
表面的に疎通を改善しようとするのではなくて
その方が可能な言語的理解と非言語的理解を組み合わせた関与を心がけています。

言葉は端的に

表情は大袈裟なくらいに
今はマスクをして勤務しているので
笑う時には敢えて眼までくしゃっとさせて笑うようにしています。

もっと気をつけているのは口調です。

その方の声のトーンに合わせながらも
ベースは耳に心地良いように
穏やかで温もりのある声を心がけています。

Activityとしてよく使うのが
1)ひも三つ編み
2)昔の手遊び
です。

いずれも認知症のある方の手続記憶として保たれています。
ひも三つ編みは、言語を介さずとも日言語での「やりとり」が可能です。
ひも三つ編みの詳細は、_ こちら _ のページをご参照ください。

今日、ご紹介するのは、昔の手遊びです。
小さい頃、歌いながら近所の子と一緒に「かごめかごめ」「はないちもんめ」で遊んだ方は多いし
「♪ 夏も近づく八十八夜」と歌いながら手合わせできる方も多くいます。
ご自分だけでは歌えない方も隣で一緒に歌ってもらえたら思い出して歌える方はたくさんいます。
手合わせができるためには、
「相手」をしっかり感受し
「相手のタイミング」を見計らって自身のタイミングを合わせ合う
という、非言語ながらコミュニケーションの基本が含まれています。

  この時に、本当に、
  認知症のある方とタイミングを合わせようとする職員であれば
  コミュニケーションが成り立ちますし
  こちら(職員側)に合わせさせようとする人であれば、
  コミュニケーションが成立せず
  認知症のある方は怒って手遊びをやめてしまうかもしれません。

  時々、「認知症だから無理」「やったってダメ」などと言う人もいますが
  本当に難しい方もいますけれど、たいていの場合には
  関与する人の在り方の方が「問題」で
  そんな対応だから無理でダメなんだよ、
  無理でダメなのは認知症のある方じゃなくて、あなたでしょうって
  言いたくなる時もあります。。。

  こちらの関与が治療的だからこそ
  認知症のある方にも行動変容が起こるのです。

手遊びという非言語的な要素を繰り返し行うことで
いつの間にか言語的疎通が驚くくらい改善されていくということも多々あります。

疎通困難な方でも特性に応じて使い分けています。
他者との交流を楽しむことを好む方には手遊びを
お仕事好きな方にはひも三つ編みを行っています。

言語的には疎通困難でも
非言語的には他者との交流が可能な方は大勢います。
そして非言語的な交流を積み重ねていくと
言語的な交流も行えるようになってくることも多々あります。


簡易ヘッドレスト


普通型車椅子に座れるけど
頸部後屈してしまう方に対する工夫です。
ティルト方車椅子を使うほどではないけど
何もしないとしんどそう。。。という場合に
すぐに作れる簡易ヘッドレストです。

必要なのは
プラスチック製の棒(写真では突っ張り棒:45〜60㎝)を2本
伸縮するベルトを3本
結束バンドを数本
滑り止め 2枚
(材料はすべて100円ショップで購入しました)

<作り方>

1)棒を車椅子のバックレストの隙間に突っ込む
  この時棒の長さが短いと後を振り向いた時に棒が目に当たってしまう恐れがあるので 
  棒の長さは頭よりも高くなるように気をつけています。

2)棒を車椅子の手押しハンドルのポールに結束バンドで固定します。
  この時、伸縮ベルトの上端〜下端の間に滑り止め(写真では青紫色)を固定しておくと
  ベルトのズレを予防できます。
  写真では伸縮ベルト3本使用していますが
  (頭部後屈が著明であれば、支持性を高めるために伸縮ベルトの本数を増やします)
  この段階ではまだ結束バンドのはみ出た部分は切り落とさず調整できるようにしています。

3)左右の棒に伸縮ベルトを固定します。
  この時に後頭部がきちんと支えられているかどうかを確認します。
  大丈夫であれば、結束バンドを引き絞って、はみ出た部分をハサミでカットします。


4)伸縮ベルトにタオルを巻き付けます。
  簡単に縫い止めても良いでしょう。
  写真では後側で3ヶ所軽く縫い止めています。


簡易ヘッドレストは
材料の入手も簡単、安価で、すぐに作れます。
何よりも一番良いところは、伸縮ベルトの伸縮性が
対象者の方の頸部後屈の度合いに応じて、その都度対応してくれるところです。

自身で頸部中間位を保持できている時には
ベルトはあまり伸長しないけれど
頸部後屈方向に力が入ってしまった時でも
ベルトはしっかり伸長して頭部を支えてくれます。
頭部のもたれかけ具合に応じて、ベルトが伸縮して対応してくれるのが良いところだと思っています。

通常の布製のヘッドレストだと
頭部は支えられても頸部は後屈したまま。。。という時もあると思います。
伸縮ベルトだと、頭部の重さを支えつつ、頸部中間位へとアライメントも整えてくれます。


第10回DCゼミ対面研修会「現場あるあるの対応のウソホント」


リハやケアの現場で
常識のように行われている対応でも
よくよく考えると実はおかしなことがたくさんあります。

それらは
必死になって先人たちが為したことだと思いますし
部分的に整合性があり、一見すると効果があったように見えたので
継承されてきたのだと考えています。

科学は過去の知識の修正の上に成り立つ学問です。

常識とされている対応を行なっても
日々の対応での困りごとは無くなっていないのではありませんか?
研修会のアンケートで最も多いのが「対応の工夫」です。
それって、現行の対応での限界を実は誰もが無意識に感じているからではありませんか?

科学的ケアの実践が求められている今
もう一度、現場あるあるのそれらの意味と本質について
考え直すことが求められていると思います。

そこで
2026年2月28日(土)19:00〜20:30
小田原市民交流センターumeco の第7会議室にて
DCゼミ第10回勉強会を開催いたします。

具体的には
・「否定しない」って、じゃあどうしたら良いの?
・「褒めてあげる」って、おかしくない?
・「認知」「認知の人」「認知のある方」って、おかしくない?
・「ケアの統一」
・手段と目的のすり替え
・ 踏ん張って頑張らせる立ち上がり訓練はやめるべき理由
・ 手引き歩行するから歩けなくなる
などなど。。。

実は、日々小さな違和感を感じている
たとえ、その場は「うまくいった」ように見えても
実は内心のモヤモヤが消えない
という人はきっとたくさんいるんじゃないかと感じています。
その違和感やモヤモヤは正しいのだと伝えたい。
そして、どうしたら、本当に「認知症のある方に寄り添ったケア」を
「唱える」のではなくて「実践」できるようになるのかを伝えたい。

「科学は嘘をつかない。
 科学は多数決じゃない。」
日本の科学捜査の礎を築いた人の言葉です。
詳細は _過去の記事_ をご参照ください。

今、困っている人は、どうぞご参加ください。

お問い合わせは、_ こちら _

参加のお申し込みは、_ こちら _から どうぞ

お知らせ:認知症研修会@MARKSTAR


Medical MARKSTAR さんの主催で
3月5日(木)「知識編」
3月9日(木)に「評価編」
の講演をZOOMにて開催されます。

詳細は
https://www.markstar.net/dementia2026/
から、どうぞ。

認知症のある方の話を聴く:感情表出を促す


あけましておめでとうございます。

本年も情報発信に努めていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

さて
認知症のある方の感情表出を促すように話を聴くときには
事実関係の正誤ではなくて
話しているテーマをどのように感じているのか
感情に焦点を当てて聴くようにしています。

例えば
90歳代の方が
「お父さんの先生が亡くなったからお通夜に行かなくちゃ」
と発言された時に
ここで「お父さん」が夫なのか父を指しているのかはわかりませんし
どちらであったとしても既に亡くなられていることは事前情報から把握できています。
その先生であれば、おそらく亡くなられていると思われますが
いずれにしても、それらの事実は置いておいて
「きっとお世話になった方が亡くなられたから最後のご挨拶に伺いたい」
という気持ちは理解できます。

「とてもお世話になった方が亡くなられたんですね」
「それでお通夜に行こうとしていたんですね」
「不義理なことはできないですよね」
その方の特性を把握できていれば
どのような言葉を選択したら良いかは自然と浮かび上がります。

その方の方から
どんな先生だったか語り始める時には
その方に任せて語られていることをイメージしながら聴いていきます。

必要に応じて沈黙も大切にします。

帰宅要求があると
話を逸らそうとしたり
気を逸らすために何かさせたり
する人は多いけれど
帰宅要求があった時に介入可能であれば
きちんと感情表出を促すことで(だけで)
自然と帰宅要求が収まってしまうということは多々あります。


認知症のある方の話を聴く:事実確認と感情


・記憶の連続性を確認したい時には事実確認を優先する
・エピソード記憶を聴いている時や認知症のある方が言いたいことがある時には
 感情に焦点を当てて聴く

認知症のある方と話をする時には必ず自分の意図を明確にしています。
記憶の連続性を確認したいのか
認知症のある方に感情表出を促したいのか
意図が異なれば対応も変わります。

記憶の連続性を確認したい場合についてご説明します。

まず、その方の日課に沿って体験直後に尋ねます。
例えば、昼食後に(今日のお昼ご飯はいかがでしたか?)と尋ねます。
「おいしかったよ」
だけだと判断できないので
(何が一番おいしかったですか?)と尋ねます。
そこで具体的に献立名が返ってくれば覚えていることが推測されます。
(再生の可否を確認します)
ここで具体的な献立名が返ってこなければ
こちらから献立名を提示します。
(聴覚情報で再認ができるかどうかを尋ねます)

また、「このあと〇〇時にお部屋に伺いますね」とお伝えしてから
〇〇時に訪室した時の様子を確認します。
「あら、すみませんね」
「お待ちしていました」
と返ってくれば、お伝えした時刻から△時間は覚えてくれていたことがわかります。
「あら、どうしたんですか?」
と返ってくれば、お伝えした時刻から△時間は記憶の保持が困難だったことがわかります。

このように、意図的な会話ができれば
なんてことのない話の中で、拾えるエピソードがたくさんあることに気がつきます。
記憶の連続性については、こちらが意識してさえいれば
会話だけでもかなりの情報を収集できます。

認知症のある方が帰宅要求をしている時など
感情表出を促したい時には事実かどうかではなく
その方の感情に焦点を当てて話を聴くようにしています。
次回に詳しくお伝えします。

認知症のある方の話を聴く:重要なことは復唱する


認知症のある方の話を聴く時に
認知症のある方が発言した表現そのままを使って復唱するようにしています。

たとえば
「家に帰りたい」と言われたら
「家に帰りたいんですね」
「財布がない」と言われたら
「財布がないんですね」
と認知症のある方が発言した表現そのままを使って復唱します。
そのあとで、「それで急いでいたんですね」「それで困っているんですね」と言葉を継ぎます。

  クレーム処理の本を読んで時に
  「相手の言葉を復唱してから答える」と書いてあるのを読んだ記憶があります。
  あなたの言ったことを受け止めましたと言外に伝えることができます。
  そう言われてみれば、クレーム処理ではないけれど
  品物を注文した時のコールセンターの対応は、
  こちらの電話番号の確認の時に
  私が「ご、さん、の」と言えば
  相手も「ご、さん、の」と確認してきますし
  私が「ごじゅうさんの」と言えば
  相手も「ごじゅうさんの」と言う人がほとんどです。

声かけの最初は
相手の言った言葉を使って復唱するようにしています。

その後、話を聴きながら
相槌を打ったり、合いの手を挟んだり
時には、相手の話と同じ内容を違う表現で言い換えるようにしています。

「お父さんの先生が亡くなられたから早く行かなくちゃ」
「お世話になった方だから不義理なことはできない。
 それで急いで行こうとしていたんですね?」

「財布がどこにもないのよ!」
「大事なお財布が見つからないくて困っているんですね」

この1クッションを置くことで
「この人は私の言っていることをちゃんと聴いてくれる」
と思っていただけます。
会話のキャッチボールを強調して伝えることができます。

言葉は相手に伝わってこそ、言葉として機能します。

認知症のある方の話を聴く:声の大きさとトーンを合わせる


声かけの大切さについて
否定する人はいないし、みんなそう言うけれど
私は「何を言う」かよりも
「どんな声で」言うかの方が重要だと考えています。

〇〇という時に、なんて声をかければいいでしょうか?
とは尋ねますが
自身の声の大きさやトーンの意義を自覚している人はとても少ないし
自覚的にコントロールできる人はもっと少ないと感じています。

認知症のある方は言語理解力が低下すると
(たとえアルツハイマー型認知症でも言語理解力が低下する方はたくさんいる)
何か言われたことはわかっても、何を言われているか理解できなくなります。
一方でだからこそ、職員の口調を鋭敏に感受し、口調に反応していることが多いのです。

「立っちゃダメ」と言わなくても
「こっちに来て」と強い口調で言われて、それで怒ってしまう。。。
禁止表現を使わずに、修正してほしい行動を言葉で伝えたのに怒られたって言うけれど
そんな強い口調で言われたら、そりゃ怒りますよ。

声には発する人の感情が反映されます。

声の大きさとトーンを合わせることで
心理的同調を促す効果がある
と言われています。

まず、声の重要性を認識しましょう。
そして、相手の声の大きさとトーンに自身の声とトーンを同調させましょう。

大きな声やハリのある声の方には、こちらも同様に。
小さな声で落ち着いたトーンの方には、こちらも声を抑えめに。

一番、良いのは挨拶です。
「おはようございます」「こんにちは」
返ってきた言葉に反映された声の大きさとトーンを感受し、
同じような大きさの声とトーンで返します。
「今日も良いお天気ですね」「今朝は寒かったですね」
自然な会話の中で、声の大きさとトーンの同調を調整することができます。

初対面の方なら
まず、こちらが名乗ります。
「こんにちは。初めまして。」
「こんにちは」
「リハビリの佐藤と申します。〇〇さんですね?よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「〇〇さん、下のお名前を教えていただけますか?」
「△△と言います。」
「△△さんですね。漢字はどういう漢字を書くんですか?」
「え〜っと、鉛筆ある?」

ご自身のお名前は、まさしく長年慣れ親しんだものです。
あなた自身のことを知りたいという気持ちを言外に伝えることもできます。
これだけ会話が成り立てば、
声の大きさとトーンを把握し、同調させる機会を十分に確保することができます。
   
また、もしも、自身の名前という慣れ親しんだものでも、
うまく説明できなかったり、尋ねたことの枠組みで答えられなかったりすれば、
言語理解力が低下している恐れが高くなりますから、そのスクリーニングもできます。
もちろん、その日その時の体調もありますから
会話の初めに、まず、その方の声とトーンを把握し、
日を改めて再確認することから始めると良いと思います。

「認知症のある方の話をきちんと聴く」ことの前提として
声が無自覚に伝えてしまうことがあることをきちんと理解する。
そして、自身の声の大きさとトーンに自覚的になる。
相手のその時々の声の大きさとトーンに鋭敏になり、同調させられるようになる。
ということがもっと広まっていくと良いなぁと思っています。