DCゼミ第14会勉強会開催のご案内


2026年10月25日(土)19:00〜20:30に
おだわら市民交流センターUMECOの第7会議室にて
第14回DCゼミ勉強会を開催いたします。
テーマは「意思疎通困難な方への対応」について
参加費は500円
事前申込制です。
お申込は こちら から。
お問い合わせは こちら へお願いします。

SDATアルツハイマー型認知症のある方であっても
言語理解力が低下することは、よくあることです。

接遇の面から
丁寧な説明を心がけているだけだと
かえって「何を」「どうする」のかを伝えることができない
ということは多々あります。

敬語というのは
どうしても表現する言葉の数が多く(長く)なりがちですし
婉曲な表現も多いからです。

敬意を表しようとすることは悪いことではありませんが
最優先は認知症のある方の日々の暮らしの困難を少なくすることです。
良かれと思って敬語を使ったのに、かえって混乱させてしまった
という体験をしている人はきっと少なくないはずなんです。
(敬意の表現の仕方については別の記事で書いていきます)

じゃあ、どうしたら良いのか

言語理解力が低下したとしても
声かけの工夫によって理解できることは増えてきます。
詳細は、当サイトの「声かけの工夫さまざま」 をご参照ください。

今回は、認知症のある方が周囲の状況を感受・認識する際に使っている
声かけという聴覚情報以外の感覚情報の提示の仕方の工夫についてや
意思疎通困難な方にどうリハやケアを提供していくかに加えて
バリデーションの紹介もちょこっとですが行います。

対応の工夫について
「ちゃんと説明する」の「ちゃんと」がどういうことなのか
誰にとっての「ちゃんと」なのか
再考できるきっかけになると思います。

「これからの精神保険医療福祉を考える会院内集会」開催のお知らせ

    

まだ、ご参加いただけるそうです。
ご興味のある方はぜひご参加ください。

「精神看護9月号 今月の5冊」で紹介


医書.jpでご覧いただけます。
https://webview.isho.jp/journal/detail/pdf/10.11477/mf.134327610290050433

「精神看護」編集室ご担当者様
取り上げてくださり、どうもありがとうございますm(_ _)m

結果を引き起こしている必然を把握する 3


口腔ケアを拒否する方もいます。

すると
言葉で丁寧に説明したり
明るく元気よく声かけしたり
下手に出るようにお願いをしてみたり
それでもダメだと口腔ケアを無理やり行ったり
口腔ケアすることを諦めてしまう。。。
というパターンが多いようです。

口腔ケアをしようと
関わり方を工夫してはいますが
それは誰にとっての工夫でしょうか?

認知症のある方に接する職員で多いパターンが
認知症のある方が環境把握しようとしている
ということを見落としているというケースです。

心のどこかで
認知症=何もわからない=やってあげる
と思っているのではないかと思います。

認知症のある方の言動をよく観察すれば
認知症のある方が周囲を把握しようとし、対応しようとしていることに気がつけます。

だとしたら
周囲を把握するチカラを助ければ良いだけだし
どう対応したら良いのかということを
声かけという認知症のある方にとっての聴覚情報だけでなく
他の情報も添えて提供するだけです。

案外、疎かにされがちで
でも、最も大切なことは、まずアイコンタクトをとることです。
アイコンタクトをとる時には
笑顔で
穏やかな口調で
相手の名前を呼びかけます。

ここで大事なことは、口調です。
急いていると、つい口調も気忙しくなってしまうものですが
口調に反映されてしまうこちらの感情に対して
認知症のある方が反応しているということはよくあることです。
自身の口調、声のトーンをコントロールできるように
穏やかな口調で呼びかけるようにしましょう。

次に
歯ブラシを見せて相手が歯ブラシを見たことを確認します。
視覚情報を提示して、相手の視覚的理解力に働きかけます。
歯ブラシを見たことを確認してから
「歯磨き」と言って歯ブラシを横に動かします。
ジェスチャーという視覚情報を提示することで
「これから歯磨きをする」ということを伝えます。
そうすると、開口してくださる方はとても多いものです。

ここで大切なことは順番です。
相手が見る、つまり視覚的理解力を発揮したということを確認してから声かけする
その声かけは端的明確に単語中心に声かけをします。
相手が環境を感受するのが先
その感受を補うのが声かけという聴覚情報であり
歯ブラシを横に動かすジェスチャーという視覚情報を提示することなのです。

視覚的理解力が困難な場合には
触覚情報を提供します。
歯ブラシの先で優しく口唇をちょんちょんと触ります。
そして「歯磨き」と声をかけます。

介助する時に声掛けを丁寧に行うのは良いことですが
問題は、目の前にいる方がどのような声かけであれば理解できるかを
こちらが把握できていることです。
声かけの理解が難しそうという判断ができれば
声かけという聴覚情報の提供ではなく
視覚や触覚といった他の情報も添えて働きかけます。

声かけという、聴覚情報にこだわるのではなく
目の前にいる方が理解しやすい感覚情報を提供しましょう。

決して
相手の反応を確認もせず
「歯磨きしますよ〜」と声をかけながら
既に歯ブラシは口の中ということのないようにしたいものです。

「精神看護9月号」今月の5冊で紹介されました!


医学書院さんの「精神看護9月号」今月の5冊というページで
拙著「認知症のある方の能力を活かす」が紹介されました!

もう少ししたら、「医書.jp」でも見られるかもしれません。

結果を引き起こしている必然を把握する 2

認知症のある方や高齢者のせん妄予防対応として
日中過ごすお部屋を明るくすることは常識となっていますが
実際の現場では、なかなか実現が難しいこともあるようです。

例えば
現場あるあるなのが
日中お部屋の明かりをつけてと言っていっても
「明かりを消して」って言われる。
お部屋の明かりをつけるのは嫌なんだと思う。
というケースです。

このケースの問題はいくつもあります。
1)近時記憶障害がどんな風に現れるのかわかっていない
2)「明かりをつける」メリットがその方の認識に沿って説明されていない
3)障害を好き嫌いとすり替えて判断される

つまり
1)については
仮に「日中は明かりをつけておく」ことをその場は了承してもらえても
近時記憶障害があると、時間が経つと忘れてしまいます。
現場あるあるなのは、「その場のお話がちゃんとできる方=認知症じゃない」と思っている職員が
まだまだ多いということです。

当然、相手に認知症がないと判断(誤認ですが)していれば
訪室するたびに「明かりを消してほしい」と言われれば
「あぁ、この方は明かりをつけておくのが嫌なんだな。」
「この方の意向を尊重して明かりを消してあげよう。」
と、善意からであったとしても、誤った認識に基づいた誤った対応をした結果
過活動型せん妄を起こしてしまった。というケースもありました。

過活動型せん妄に対しても
その場の表面的な対処しか為されないと本質的な改善には至らないものです。
ここで、その方の認識に即して説明することが求められます。
2)に関する対応です。

日中部屋の明かりをつけておくことに対して
人によっていろいろな理由があります。
Aさんは、「まぶしいから」
Bさんは、「お金がもったいないから」
Cさんは、「ずっと昼間は明かりをつけずに過ごしてきたから」
明かりを消してほしい理由は三者三様なので
その方の理由に即して対応します。

Aさんは、ベッドを真っ平らにして過ごしていました。
ベッドの真上にある電灯を点灯すれば、お顔に明かりが当たってまぶしいのもわかります。
そこで、ベッドをギャッジアップしてお顔の真上から明かりが当たらないようにしました。
Bさんには、「電気料金は施設持ちであること、
      施設の考え方としてお部屋を明るくして足元が危なくないように過ごしてほしい」
ということを伝えると「あぁそうなの。悪いねぇ。どうもありがとう。」と了承してもらえました。
Cさんには、「そうなんですね。日当たりの良いお部屋だったら明かりをつけなくて済みますものね。
      でも、このお部屋はきっとCさんのお家ほどには日当たりが良くないので
      健康のためにも明かりをつけさせてくださいな。
      日中明るいところで過ごすと健康に良いんですって。」
と伝えると「あら、そうなの。知らなかったわ。どうもありがとう。」と了承してもらえました。

その方が「明かりを消してほしい」と思う必然に沿った説明が必要なのです。

そして、近時記憶障害は障害なので解消されることはありません。
その場で了承してもらえても忘れてしまいます。
忘れてしまうことを問題視するのではなくて
忘れてしまったら繰り返し説明をするしかないのです。

ところが、現実には
「明かりをつけさせてくださいね。」と言うだけだったり
元気よく明るく言ったり、下手に出てお願いしたりという風に
工夫はされていても、認知症のある方の立場に立った説明とは少しズレた対応が為されがちです。
だから、うまくいかない。
そして、近時記憶障害があるから時間干渉によって忘れてしまうという認識もないと
好き嫌い、意思表示と誤認してしまいます。
その結果、せん妄を起こしてしまい、的確な対処もできないということが起こりがちです。

善意から一生懸命関わっていたとしても知識をもとにした観察ができないと
自身の見立てや対応について自省が生じにくい
という問題が起こります。

本当にもったいない。

知識がなければ、今、認知症のある方に目の前で起こっていることを理解することができません。
見れども観えず、で見落としてしまいます。
自身の言葉や非言語的表現も的確に選択することができません。

まず、視点を変換させて
イマ、ココで、認知症のある方が環境をどのように感受し、認識しているのかを
きちんと観察・洞察することから始めましょう。

表面的に慣習的に行われていることを卒業しましょう。


結果を引き起こしている必然を把握する 1


認知症のある方へのリハやケアの根本的な問題は
どうしたら介助できるようになるかという視点でいろいろな方法論が展開されていることと
そのことに無自覚なことの2点
だと考えています。
  
認知症のある方は
イマ・ココでどのように状況を感受・認識・対応しようとしているのかを
まず把握するという視点へ自覚的に変換すべき
なのです。

わかりやすい例えをすれば
食事に時間がかかる方に対して
「どうしたらスムーズに食べられるようになるか」考えることや
「時間をかけてもその方のペースで食べていただこう」と考えることと
なぜそんなに食事に時間がかかっているのか、その必然を把握しようとすることとの違いです。

一見すると
焦らせずにゆっくり食べていただくという対応は
その人を尊重しているように見えるかもしれませんが
食事に時間がかかるのは結果であって、
食事に時間がかかる必然を観ようとせずに
表面的な結果として起こっている事象に表面的に対応しているだけ
というのはどうなんだろう?と思いますし
対応が後手に回っています。

私の体験では
1)義歯がゆるゆるで常食を食べていた というケース
2)舌の動きが非常に悪くて咽頭へ食塊を送りこめず口腔内に食塊が貯留している というケース
3)覚醒が悪くて食べられない というケース
がありました。

結果として、食事に時間がかかるという見た目は同じですけれど
食事に時間がかかる必然はまったく別の問題によって引き起こされています。

1)のケースでは、義歯再作成はしないということでしたから
  ポリグリップなどの入れ歯安定剤の購入を打診しました。
2)のケースでは、舌の動きが悪くても食べられるように食形態を変更するとともに
  そのような状態を引き起こしている状態について把握・対応しました。
3)のケースでは、まず覚醒を上げるために
  ・日中の居室を明るくする
  ・日中は生活歴にあるだろう音楽を聴いていただく
  ・朝食後の日光浴を導入
という対応を取りました。
その結果、いずれのケースでも食事摂取時間は結果として短縮されました。

食事に時間がかかるという方に対して
 1)その方のペースだから2時間かけても食べていただく
 2)どうしたら食事時間の短縮ができるか考える
と表面的に考えるのではなくて
食事摂取に時間がかかる必然をきちんと把握することから始めます。
摂食・嚥下5相のどの部分で時間がかかっているのか
そもそも覚醒良好なのか
低活動型せん妄ではないのか
姿勢保持ができているのか
注意散漫ではないのか
体力低下しているのではないか

時間がかかる必然によって対処はまったく異なります

このことは、食事場面以外でも同様に起こっています。
まったく同じコトが違うカタチで起こっている例を次の記事でも。

困ることから始まる


仕事をしていれば困ることにたくさん遭遇します。
でも、困ることができるのは良いことなんです。
辛いけど。
自分の成長・成熟へのチャンスです。

学ぶということは変わること

学ぶということは、自己変容
もう一段深く物事を深く理解することです。
深く理解するということは、関連する事象の関係性に気づき
その関係性の意味を理解できることを意味します。

ところが、ここが誤解が多いところですが
学ぶ=知る、ハウツーを収集する と誤解している人がとても多いと感じています。
そうではなくて
より本質に迫るチカラを身につける ということです。

今は、情報がたくさんあるし
リハに関する知見の集積もあるから
養成校を卒業する=一人前 みたいな認識の人もいるかもしれない。
本当は養成校を卒業する=長い職業人生のスタートラインに立つ資格を得た に過ぎない。
これからどのような職業人生を選択し続けるかは、自分自身の中にある。

いろいろな職種のいろいろな人に出会ってきました。
中には、困ることすらできない人もいました。
無意識に自分が困らないように、事実を捻じ曲げてしまう。。。
そうすれば、確かに自分は困らないで済みます。
でも、それではいつまで経っても対象者の方に的確な対応ができないし
職業人としての成長を自分で止めることになってしまいます。
職業人としてだけでなく一個人としても、
困ったときに事実に向き合うことを拒否し、自身の困難を否認するという
問題解決のパターンしか身につけていないと
短期的にはラクであったとしても
長期的には、それ以外の問題解決が行えないことになり
老後に非常に辛い思いをすることになってしまいます。
人は生きてきたように年老いていくものです。
そういう職業人にも対象者の方にも何人も出会ってきました。

ある人に言われたものです。
市場は、ハウツーを求めるので、ハウツーでないと売れない現状にある。
確かに、研修会に受講者の立場で参加しても
ハウツーを提供する講師のなんと多いことか。。。
そして、受講者は提供されたハウツーだけでなく
講師の在り方としてのハウツーを当てはめるという姿勢をも無意識に受け取ってしまう。。。

どれだけ、ハウツーを増やしても
イマ、ココで困っている方の状態と
その環境因子としての自分と
困っている方と自分がいるイマ、ココでの状況は
100人いれば100通り、千差万別の状況ですから
「うまくいく」わけがありません。

こうすれば、ああなる を求めて
〇〇という時には、こうする というハウツーの当てはめを卒業しましょう!
ハウツーを当てはめたのにうまくいかなかった 
という事実を直視して困ることができる人になりましょう。

答えは、困りごとの場面そのものにあります。
自分が困った場面を構成する因子ひとつひとつをきちんと観察できるようになりましょう。
そこがスタートラインです。
スタートラインに立てるためには、医学的知識が必要です。
知識の内面化が為されていなければ、見れども観えずになって見落としてしまいます。

困ることができるのは、良いことなんです。
困ることすらできない人になっちゃいけない。
今は辛くても、その先があります。
自分の殻を破る痛みはあっても、その先に一段大きくなった自分がいるのです。

まさしく、Re Habilis
再び適する 自分になれます!

豆腐サラダ


夏によく作る栄養バッチリ、カンタンサラダのご紹介。

豆腐を水切りして冷ましてから、ジップロックに入れます。
A キュウリを輪切りにして塩揉みして水気を切ります。
B ミョウがを千切りにして冷水にさらしてから水気を切ります。
AとBを豆腐の入ったジップロックに入れて
塩昆布を1〜2つまみ
ごま油をさっと回しかけて、あとは冷蔵庫で冷やすだけ。

朝作っておけば夜には冷えひえの豆腐サラダをすぐに食べることができます!

私は、塩揉みしたきゅうりと塩昆布の塩気とごま油の味わいが好きですが
お好みによって、麺つゆを少し足しても良いかも。

ちなみにご参考までに
私が作るときは
・スーパーで売ってる真四角の3個入り豆腐を1パック
・キュウリ1本
・ミョウガ2個
で作ってます。
豆腐の水切りは上記豆腐3個を600Wのレンジで3分チンするだけです。



「カットアウトテーブルに肘を固定する」食環境のデメリット


私は知らなかったのですが
食環境の調整の一つとして
カットアウトテーブルに肘を固定して自力摂取を促す
という対応が多用されているそうです。

私の経験では上記のような食環境を設定されていた場合でも
他の食環境の設定で自力摂取を無理なく行えるようになったケースばかりですから
まず、他の食環境の設定をお勧めします。

どうしても上記の方法を用いたいのであれば
「慎重に対象者を選んだ方が良い」
「他の方法でどうしても困難な時に適用した方が良い」
「適用した場合には、骨盤周囲筋の過緊張をチェックした方が良い」
というのが私の意見です。

自分で試しにやってみたら、わかると思うのですが
1)肘を固定すると口元までのリーチが困難 → 体幹を前傾させる代償が必発
2)食塊を取り込む時に前腕の回外と手関節の尺側偏位が要求 → 抹消の過剰操作 → 中枢の同時収縮
というふうに
カットアウトテーブルで肘を固定させる、なおかつ、食事自力摂取できるためには
上記の前提が必要となり
ところが現実には、上記の前提をクリアできる人は少ないために
上述したような代償を引き起こしてしまいます。
そして、上述したような代償の結果
体幹を前傾して胃部を圧迫していまい食欲がなくなってしまった方の
食環境を変更してから摂取量も増えました。

認知症のある方へのリハやケアでは
きちんと評価・アセスメント・状態把握をする前に
ハウツーを当てはめて
しかもPDCAを回していないために
自身の対応のまずさを自覚も修正もできないというケースが散見されます。

もうひとつ、問題があります。
カットアウトテーブルは車椅子に固定して使いますから
対象者の方が動きたいと思った時に自分では動くことができない状況を作ってしまいます。
身体拘束と判断されかねない環境設定だと思います。
他の食環境設定の可能性が多いので、まずそちらを取り入れた方が良いと考えます。