椅子に座ることができない

 

 

即時記憶障害の現れ方の一例について、ご説明します。

たとえば
診察室に認知症のある方が来られて
椅子に座るように勧められた時に
目の前に椅子が見えるので「この椅子に座る」ということを認識できます。

ところが
椅子に座るためには身体の向きを変えなければならず
この「身体の向きを変える」という動作をすると(動作干渉)
椅子は視界から消えています。
 
即時記憶が低下していると
「椅子に座る」ということを動作干渉のために忘れてしまいます。
また、視界に椅子が見えないので「椅子に座る」ということを再認することもできません。

この時にドアが見えれば
ドアに影響されてそちらに向かって歩き出してしまう場合もあります。

また、そこまでいかずとも
「座ってください」と言われても
この方にとってみたら、椅子は存在しない(見えないから認識できない)のですから
いくら言葉を重ねて説明されても座ろうとはしないでしょう。
何もないところに座ったら、ひっくり返ってしまうと思うからです。

このような時には
「認知症だから椅子に座ることもできない」と
表面的な事象にとらわれずに
表面的な事象に反映されている障害と能力を観察・洞察すると
適切な対応をとることができます。

椅子は見えなくて認識できなくても
お背中に手を当て
膝裏に椅子を当てると
触覚から「支えられている」「後に何かある」と感じることができます。
その上で「ご着席ください」と言われれば座ることを試みることができます。

  ここで大切なことは順番です。
  「座って」という言葉よりも
  触覚刺激としての背中に手を当てること、膝裏に椅子を当てることを
  先に行ってから、言葉で伝えます。

即時記憶は低下していても
五感や体性感覚といった環境刺激を感受する能力は保たれています。

言葉だけに頼るのではなくて
能力に働きかける。

そのためにも
表面的な事象だけをみて、表面的に対応を考えるのではなく
表面的な事象に反映されている障害と能力を観察・洞察することが大切です。

 


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